執筆者:弁護士 原智輝
Summary: 日本企業の生成AI導入状況は、海外に比べて慎重な姿勢が目立ちます。本コラムでは、生成AIをスモールステップで導入する際のポイントを解説し、プランごとの特徴や法的リスク、初期段階での適切な利用方法を提案します。特に、個人プラン利用時のリスクやチームプランの推奨理由、必要な規程の最低限の整備について具体的なアドバイスを提供します。本稿を通じて、生成AIの適切な利用が企業競争力の向上につながることを理解いただければ幸いです。
1.日本企業の生成AI導入状況
本記事執筆時点において、総務省が令和6年(2024年7月5日)に公表した「情報通信白書ICT白書」によると、企業向けアンケートにおいて生成AIの活用状況につき、「積極的に活用する」「活用する領域を限定して利用する方針である」と回答した企業の合計は42.7%とされています(情報通信白書69p)。他方で、米国、ドイツ、中国などでは、この割合が8割以上とされており、日本企業においてはまだ生成AIの導入に対して慎重な姿勢が伺えます。
生成AI、とりわけChat GPTのような大規模言語モデル(LLM)の利用は今後さらに拡大していく傾向にあると思われ、業務効率化を図れるかどうか、言い換えると生成AIを自社の強みに活かせるかどうかは事業運営上大きなポイントとなってくると見込まれます。
自社内に生成AI人材を抱えていない企業やどのように活用していけばいいのかわからないという企業においては、「生成AIのスモール導入」などを検討されてはいかがでしょうか?
2.生成AI導入のスモールステップとは
生成AIを企業秘密や事業リスクに影響しない範囲で活用しながら、生成AIに関する社内規程を整えていき、徐々にスケールアップすることで組織的にも事業においても生成AIの活用を図っていく手法になります。
スモールスタートにおいては、まず生成AIの活用場面や目的の設定と、プロンプト入力情報の選定が必要となっていきます。特にプロンプトについては著作権や個人情報、不正競争防止法上の営業秘密など関連する法令が多岐にわたるため、スタート初期の段階では注意が必要です。
3.生成AI導入における注意点
本コンテンツでは、Open AI社のポリシーを参照しながら不正競争防止法上の営業秘密との関係を考察してみたいと思います。
まず、Chat GPT及びGPTについてのプランですが、次のような構成となっています。
1.個人向けプラン
• ChatGPT Free
• ChatGPT Plus
2.チーム・法人向けプラン
• ChatGPT Team
• ChatGPT Enterprise
3.API利用
• 開発者向けのAPIサービス
社内で導入の検討をされている場合、経営者層やDX担当者が個人向けプランを使用している場合もあるかと思いますが、個人向けプランとチーム・法人向けプランとでは本コンテンツに関連する営業秘密について取扱いが大きく異なるためご注意ください。
細かい部分を割愛してはおりますが、各プランにおける早見表はこのようになっています。
4.プラン別特徴と早見表
プラン | モデル学習 | チャット削除後の 保存期間 | 守秘義務等の措置 |
---|---|---|---|
個人プラン | オプトアウトしない限り利用される | 30日以内に削除 | 営業秘密の非公知性確保は難しい場合あり |
Enterprise・ チームプラン | デフォルトで利用されない | 30日以内に削除 | Business Termsに基づく守秘義務あり |
APIプラットフォーム | デフォルトで利用されない | 30日後に削除 | Business Termsに基づく守秘義務あり |
【適用されるポリシー】
まずは、適用されるポリシーについてですが、Open AI社の利用規約の冒頭において、「ChatGPTエンタープライズサービス、当社のAPIサービス、及び企業及び開発者向けのその他のサービスにつきましては当社事業者用取引規約をご覧ください。」とされており、一般プランのポリシーに対してチーム・法人向けプランは異なるポリシーも適用されており、これが両者の違いになっています。
5.個人プランのリスクと留意点
個人プランの特徴は、モデル学習においてオプトアウト設定を行わなければ学習モデルに利用されるという点です。また、チャットを削除した場合においてもOpen AI者側に30日以内の期間プロンプトや出力コンテンツに関する情報が残る点にも留意が必要です。
営業秘密との関係では、プロンプト情報の入力により非公知性を喪失するかという点が問題になります。非公知性とは、秘密情報が一般的に知られていない状態又は容易に知ることができない状態を指しており、学習モデルに利用される形でプロンプトに営業秘密情報を入力した場合は、一般に知られる状態に置かれたとして非公知が喪失する高い可能性があると思われます。
次に、個人プランにおいて、オプトアウト(モデル学習に使われない設定)を行った場合ですが、この場合でも、自社とOpen AI社間では情報の共有が行われており、のちに述べる内容との対比で、Open AI社は受領した情報について守秘義務を負うものではありませんから、これもまた、一般に知られている状態又は容易に知られる状態に置かれたとして、非公知性が喪失されたと判断されるおそれがあります。もっとも、この情報保持はあくまで不正使用等の確認やトラブルシューティング等を主目的として保管されるものと思われまして、必ずしも一般に知られていると結論に直結するわけではありません。執筆時点において、このような状態における非公知性については明確な解決を見ているわけではありませんので、あくまで、喪失の可能性があるというニュアンスとなります。
以上のことから、スモールスタートとはいえ、経営者やDX担当者は個人プランにおいて社内の情報に関するプロンプトの入力は控えることが推奨されます。
6.エンタープライズ・チームプランの利点
エンタープライズ/チームプランの特徴はモデル学習においてデフォルトで学習設定がオフになっている(モデル学習にプロンプト情報等が利用されない)ということと、プロンプト情報等についてはチャット削除後においてもプランに応じた保持期間が設定されていますが、Open AI社のポリシー上守秘義務が設定されている点です。
これにより、営業秘密との要件との関係で言えば、非公知性が喪失すると判断される可能性は相当低下していると思われます。
ただし、これはChat GPTのこれらのプランにおける話であり、各ベンダーの利用規約の内容等によっては、この点が変更されている可能性もありますので、各種サービスの利用規約内容については十分に確認しておく必要があります。
7.生成AIのスモールスタート推奨例
スモールスタートにおいては、可能な限り法人向けのチームプラン(エンタープライズプランは大企業向けのため)からのスタートが望ましいのではないかと思われます。
次に、DX担当者のChat GPTを使用したフィードバックを反映する先の社内規程の構築が必要となってきます。スモールスタートの段階では、利用範囲の限定とデータの安全性確保に注力することが重要と思われます。そのため、ミニマル(必要最小限の規程)として次のような規程を用意していただき、担当者の使用感のフィードバックを行っていくとよいでしょう。必要に応じて、有識者からの生成AI使用に関するノウハウ等を得ることも重要です。
- 生成AI利用ガイドライン:使用可能な生成AIの種類やプランを指定します
- データ入力・管理規程:入力可能/不可能な情報に関するルール設定を行います
- セキュリティ対策規程:アカウントへのログイン権限等を設定します
使用例としては、Chat GPTに入力する情報を一般情報に抑える必要があるため、公開されている情報を分析させる(例:公表されている業界動向を分析する、自社ウェブページ等から自社ブランディングを分析させ改善点を見つける)などのインサイト(Insight)を得るための使用、営業秘密でない社内情報を使っての業務効率化を図る使用法(例:事務的な電話対応をスクリプト化し、改善を行ったり社員教育に用いる方法、ワードやエクセル、資料作成において、コードの生成や、資料における形式面や色彩、デザインについてアドバイスを得るなど)などが挙げられます。筆者自身もこのようなプロンプト情報の範囲で十分インサイトや業務効率化を図れていると実感しており、公開情報だけでもかなり業務改善や事業に貢献できる使用方法は発見できるかと思われます。
8.まとめと今後の展望
本コンテンツは以上となりますが、もしこれから少しずつでもLLMといった生成AIを社内に導入していき、企業競争力を高めていくことにご関心のある企業様がおられましたら、弊所までご相談いただけますと幸いです。
- 東京、福岡、上海、香港、シンガポール、ホーチミン、ハノイ、ダナンの世界8拠点から、各分野の専門の弁護士や弁理士が、企業法務や投資に役立つ情報をお届けしています。
- 本原稿は、過去に執筆した時点での法律や判例に基づいておりますので、その後法令や判例が変更されたものがあります。記事内容の現時点での法的正確性は保証されておりませんのでご注意ください。