執筆者:弁護士 柏田剛介
1 皆さんは、事業場外みなし労働時間制(以下では「みなし労働時間制」といいます。)をご存じでしょうか?みなし労働時間制とは、事業場の外で業務に従事する従業員(例:取材記者やいわゆる外回りの営業社員等)の労働時間について、その算定が難しいときは、所定労働時間(または当該業務に通常必要とされる労働時間)を働いたものとみなす制度です(労働基準法37 条の2)。労働時間はみなしとなるため、実際の労働時間が長時間に及んでいても、逆に、短時間で終わっても、予め決めた時間を働いたものとみなすことになります。
ところで、人事担当者の皆さんでも、みなし労働時間制について詳しいことは知らない、という方が多いのではないでしょうか。
実は、みなし労働時間制は、労働基準法上「労働時間を算定し難い」ことが要件とされており、これまで多くの裁判例では、この文言が厳しく解釈され、導入した企業のみなし労働時間制の効力が否定されてきました。そのため、人事労務の実務上は、みなし労働時間制が実際に採用されることは多くはなかったのではないかと考えられます。
しかし、2024 年4月16 日に出された最高裁判決はそのような実務の流れを変えるかもしれません。
2 この裁判の被告となったのは、広島県に本部を置き、企業のために外国人技能実習生を受け入れる実習生監理団体(Y 社)であり、原告となった職員(X)は、その熊本支所で、受け入れ企業の指導、実習生の生活指導やトラブル対応などを担う指導員として勤務していました。
Y 社では、タイムカードによる指導員の管理は困難であるとして、みなし労働時間制を導入していました。しかし、X は、Y 社のそのようなみなし労働時間制が無効であるとして、実働労働時間分の残業代を請求しました。
最高裁は、Y 社がX の労働時間を算定することは容易だったとはいい難いとして、Y 社のみなし労働時間制を無効とした福岡高裁の判決を破棄し、再度審理するよう差し戻しました。福岡高裁は、X が提出した日報によりY 社は労働時間を算定することができたとしていましたが、最高裁は、その日報が正確なものか、高裁判決では十分な検討がなされていないと判断しました。
3 先述のとおり、これまで多くの裁判例で否定されてきたみなし労働時間制ですが、この最高裁判決は、特定の事案において、みなし労働時間制を認める余地があると判断したものです。Y 社のように、多岐にわたる業務が事業場外で行われ、時間管理を労働者にゆだねざるを得ない業務については、みなし労働時間制の採用を検討する契機となる判決と言ってよいかと思います。
もっとも、Y 社のみなし労働時間制の有効性の最終判断は、差戻後の福岡高裁、あるいは、その後再び上告されれば、改めて最高裁により示されることになります。みなし労働時間制の導入をより厳密に検討する上では、判決の確定を待つ必要があるかと思います。
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