ピックアップ
PPP法改正Q&A
Q 2021年1月1日より、PPP法が改正施行されると聞きましたが、この度の改正は今後の投資活動にどのような影響を与えるのでしょうか? A 官民共同事業に関するPPP法については、投資プロジェクトの事業分野に関する見直しがなされ、PPP方式による投資環境が整えられました。PPP方式を利用する場合は各手続の流れを確認する必要があります。 【これまでの日本のPPP事業】 ①フーミー2-2 ガス火力発電(BOT)(2002年) *ベトナム初の民活発電事業②フーミー3 ガス火力発電BOT (2003年) *安定操業15周年で2019年に標章③ギソン2 石炭火力発電BOT (2018年) 1.改正の概要 官民共同事業に関するPPP事業(Public Private Partnership)については、従前政令(No.63/2018/ND-CP)などにより行われていましたが、改正によりPPP法を中心に行われることとなります。 改正の主要な点は、PPP事業分野の見直し、プロジェクト実施プロセスの整備、投資家の選定、PPP契約履行保証に関する規定、PPP契約内容に関する規定、資本構成やリスクシェアリングとなります。 2.PPP事業分野の見直し 事業分野の見直しについては次の点が注目されます。 ・削除された事業分野 ① 公共照明システム、公園、自動車・車両・機械設備の駐車場・置き場、墓地 ② 国家機関庁舎、公務用住宅、社会住宅、再定住住宅 ③ 文化、スポーツ、観光、科学技術・水文・気象 ④ 商業インフラ、都市区・経済区・工業団地・産業クラスター、ハイテクインフラ、インキュベーション施設、技術施設、中小企業を支援するコワーキングエリア ⑤ 農業・農村開発、農業商品の加工・消費を伴う生産連携開発サービス ⑥ 首相が決定するその他分野 ・投資規模について プロジェクト投資金額の規模が2000億VND(医療、教育・訓練は1000億VND)以上が最低額となりました(O&M契約を除く)。 ・プロジェクト分類について 従前は建設法によるA、B、Cのグルーピングにより区分されていましたが、PPP法では投資決定の決定権者により区分されることとなりました。そのため、改正法の決定権者は、国会、政府首相、大臣、人民委員会の4つの主体のうちいずれかとなります(法4条)。 ・プロジェクト実施プロセス プロジェクト実施過程においては、投資が優先されるハイテクノロジーに属するプロジェクトと、これに該当しないその他の2つに区分されます。両者の違いは実施プロセスにあり、ハイテクノロジーに属するプロジェクトの場合は投資家の選定がプロジェクト承認前に行われ、選定された投資家がFS(Feasibility Study)報告書等を作成することが予定されています。逆にその他プロジェクトの場合は、プロジェクトが承認された後に投資家の選定が行われます。 なお、投資家の選定は入札等の方式によります。投資家の選定については、従前ガイドラインが公表されていましたが、改正PPP法ではこれに加え、基本となる基準が明文化されています(法41条、42条)。投資家が選定されると、PPP契約に基づき、当該投資家に対して、概ねプロジェクト総投資額の1%~3%の履行保証のためのデポジットが求められます。 ・PPP契約 PPP契約については、プロジェクト期間の設定と売上の増減に併せたプロジェクトの期間修正が改正法により可能となりました(法51条3項)。資本構成については、国の出資率が最大50%とされ、投資家の自己資本金は最低基準が15%とされました。これにより、従前総投資額に応じた最低自己資本金が設定されていたところ、一律の基準により取り扱うものとなりました。 また、PPP契約を通じた事業において、提案段階の売上と比較し、25%以上の売上があった場合、超過分の50%を国と利益配分し、逆に25%以下の売上減が見られる場合には、超過下落分の50%を国と損失配分をするものとされています。
投資法改正Q&A
Q 2021年1月1日より改正投資法が施行されると聞きましたが、この度の改正は今後の投資活動にどのような影響を与えるのでしょうか? A 今回の改正で注目されるのは、クリエイティブスタートアップ企業やハイテク技術関連企業に対する投資優遇政策です。また、いわゆる外資規制に関するリストの公表が予定されており、今後の投資活動の円滑化が見込まれます。他方で、投資禁止分野の見直しなどには注意が必要です。 1.クリエイティブスタートアップ等への投資優遇措置 投資法の改正により、新たに「クリエイティブスタートアップ」という用語が定義されました。詳細な条件等については、今後政令等で補充されることが見込まれます。この用語に関連して中小企業支援法(No.04/2017/QH14)があり、同法中の定義では、概ね知的財産関連事業を手掛ける新興企業を指しています。このクリエイティブスタートアップ企業についての投資では、まず、IRC(Investment Registration Certificate/投資登録証明書)の取得は不要となります。このIRC取得が不要となることで、該当する投資活動については、ERC(Enterprise Registration Certificate/企業登録証明書)の取得を直ちに進めることとなります。その結果、現地法人設立の方法によるベトナム進出を目指す企業にとっては、進出スケジュールの短縮化につながる改正であると言えるでしょう。 また、このクリエイティブスタートアップやハイテク関連事業においては、政府投資局側の判断により、投資優遇制度を受けることができます。主な投資優遇は、土地賃料(ベトナムでは土地の所有は認められず、国から賃貸する形式となっている)、法人税、ハイテク機材の輸出入における通関関連などの面での優遇が見込まれます。また、この優遇政策は、政府側の説明によれば、これまでの優遇政策に比してより優遇性の高い制度となっている点も注目のポイントです。 2.外資規制のリスト公表 外国投資家がベトナム国への投資を検討する場合、従前は、ベトナムWTOコミットメントや日越投資協定、投資法等において進出が認められているか否か、進出形態として資本率制限が設けられているか否かを確認したうえ、ベトナム国内法における個別事業許可に対する諸条件を確認する必要があったことから、進出計画を立てるうえで外資規制の整備が要請されてきました。今回の改正は、このような要望に応えるべく、外資規制分野を明確化するためのリストが公表されることが法定されており、今後の進出規制調査に大きく貢献すると見込まれます。 3.投資禁止分野の見直し 投資禁止分野の見直しについては、債権回収事業が新たに投資禁止分野に加わったことが注目されます。経緯としては、2007年に債権回収に関する政令が制定され、多数の国内企業が債権回収業者として成立したものの、その債権回収事業の違法な回収実態が社会問題化されたことから、投資禁止と改正されました。なお、このような背景から、ベトナム現地法人における債権回収事業も禁止となることが予定されており、今後ベトナム国内での事業選定等においては注意を要します。 4.その他改正 ベトナム投資において、投資先企業が外国資本企業として外資規制を受けるか否かの基準が、企業法改正に伴い、若干修正されています。改正後においては、定款資本の50%を超える資本が注入されている企業については、外資規制の適用対象となる点に注意が必要です。 また、大規模プロジェクトにおけるIRC取得前の事前手続にあたる投資方針決定の決定権限区分が見直され、投資方針決定事項の変更についても軽微な変更による場合には、手続が簡素化されることとなります。
ベトナム企業法改正[後編]
[前編の続き] 4 ガバナンスに関する改正 ガバナンスに関し、改正企業法は、有限責任会社及び株式会社のいずれにも共通する項目として法定代表者に関する改正を行い、また、二人以上有限責任会社においては社員総会運営、株式会社においては主に株主総会及び株式の取扱いに関する改正を行っている。 (1)法定代表者 有限責任会社及び株式会社の法定代表者については、旧企業法において、定款で法定代表者の人数、権限及び任務等を定めるものとされていた(旧企業法13条2項)。改正企業法はこれに加えて、当該企業の定款で法定代表者の権限等を具体的に定めていない場合の法定代表者は、当該企業につき十分な権限を有しているものとする(改正企業法12条2項)。そのため、特に二人以上の法定代表者を定め、かつ内部的な権限分掌を行っている企業は、定款の見直しの検討が必要となる。なお、内部的には法定代表者の権限を制限するものの、定款への記載が不十分である場合は、法定代表者の行為が企業に帰属した結果生じた企業の損害について、各法定代表者が連帯して、企業に対し賠償する責任を負う。 (2)二人以上有限責任会社 二人以上有限責任会社では、旧企業法上、社員11名以上の場合、監査役会の設置義務があった(旧企業法55条)。改正企業法では当該規定が削除され、監査役会は定款による任意の設置となり、監査役会の員数を1名から5名とし、任期は5年で、重任可としている。なお、監査役が1名の場合でも監査役会を構成できるものの、この場合は当該監査役が監査役会会長となり、監査役会会長基準を満たす必要がある(改正企業法65条)。当該基準は改正企業法168条2項に定められ、定款で定めるほか、会計監査会長は、経済、金融、会計、監査、法律、経営管理、企業ビジネス活動に関連する専門分野のうち、いずれかの大学における学位以上の資格が求められる。その他社員総会運営につき旧企業法下では、社員総会議事録を有効に成立させるため、議事録作成者と議長の署名等が必要とされていた(旧企業法61条2項e))。ところが、実務運用上、議長に就いた社員が決議内容に不服がある場合、当該議事録への署名等を拒絶することで、事実上議事を不成立とさせる問題点が指摘されていた。改正企業法ではこれに対応するため、議長又は議事録作成者が署名等を拒絶した場合、その他の社員全員が必要事項を記載の上署名すれば、当該内容によって社員総会決議がされたこととする定めを置いた(改正企業法60条3項)。 (3)株式会社 (i)株主総会 改正企業法は、株式会社における株主総会について複数の改正を行っている。旧企業法下の株主総会招集については、開催日の10日前までに株主に対する株主総会開催の通知が必要であったところ、改正企業法は21日前までへと延長された。そのため、株式会社は定款の見直しを検討する必要がある。また、改正企業法は、定款で定めることにより21日よりも短い期間の通知を許容しているため、旧企業法下と同様の運用を行おうとする企業は、10日前までの通知で足りる旨を定款で定める必要がある。 株主総会開催の要件に関し、旧企業法下では、総議決権の51%の出席が開催要件とされていた(旧企業法139条1項)。そのため、株主間で50%ずつの割合で議決権を有する場合は、第1回の株主総会を開催できない事態(1回目の株主総会が定足数に満たない場合には緩和定足数の下再度招集を行うことができる。)も生じていたが、改正企業法では、かかる出席要件が50%に緩和された(改正企業法145条1項)。同様に、株式会社における普通決議の要件も、従来の51%から50%へと引き下げられており、書面による意見集約型決議においても、同様に51%から50%へ引き下げが行われている。これに関連して、改正企業法は、株主総会の決議につき、決議事項が当該企業の優先株式の内容についての不利益変更を含む場合、同種の優先株式を保有する株主の75%以上の賛成を要するとし(改正企業法148条6項)、優先株式を保有する株主の保護を図っている。また、改正企業法は株主総会決議事項の拡充も図っており、取締役会及び監査役会報酬の総額の決定権、内部管理規則、取締役会及び監査役会活動規則の承認、独立会計会社のリスト承認、独立会計会社の決定権限、独立会計監査人の除名を、株主総会決議に委ねることとしている(改正企業法138条)。 その他、株主総会の延長につき、旧企業法下では、取締役の提案を受けた企業登録機関がその延長につき決定権を有していたが(旧企業法136条2項)、改正企業法では、取締役の権限に属する事項とされた(改正企業法139条2項)。 (ii)株式 株式関連については、改正企業法により株式と社債の中間と考えられる預託証券の制度が新設された(改正企業法116条6項、7項)。預託証券の詳細は今後の各種証券関連法令に委ねられており、普通株式と同様の経済利益(配当)を得つつ、議決権が付与されていない純粋な経済目的での投資における活用が期待される。改正企業法では、かかる預託証券は、株式会社の普通株式数によって発行可能数が変動することが予定されており、預託証券の発行に必要となる普通株式が基本普通株式と定義されている。また、普通株式について改正企業法では、少数株主権の行使要件が緩和された。旧企業法下では、株式保有期間6か月以上かつ発行済普通株式総数の10%(定款で緩和が可能)を保有する株主は、各種少数株主権の行使が可能とされていたが、改正企業法115条2項等では、株式保有期間要件が撤廃され、保有比率が5%へと引き下げられた。また確認的な意味合いになるものの、普通株主に対して企業情報の守秘義務が新設された(改正企業法119条5項)。 (iii)その他 その他株式会社に関し、旧企業法下では政令によって非上場企業の債権個別引受け募集等の手続等が定められていたが、同種の内容が改正企業法128条から130条に制定されている。株式会社における取締役会議事録についても、二人以上有限責任会社における社員総会の改正と同様に、議長が議事録の作成を拒んだ場合において、その他の取締役の署名等により、取締役会決議を成立させることが可能とされている。
ベトナム企業法改正[前編]
1 はじめに ベトナム企業法が改正され(59/2020/QH14)、2021年1月1日より施行される。改正内容は多岐に渡るものの、主として①国営企業概念の改正、②企業情報開示に関する改正、③ガバナンスに関する改正として(i)各企業共通事項、(ii)二人以上有限責任会社関連、(iii)株式会社関連(特に少数株主権)に大別される。 なお、投資法の改正(61/2020/QH14)も併せて行われており、ベトナム投資企業においては改正企業法のみならず、改正投資法の確認も必要となる。 以下、2014年制定の企業法を「旧企業法」と記載し、改正後の企業法を「改正企業法」と表記する。 2 国営企業概念の改正 国営企業の定義について、旧企業法では、国が対象企業の定款資本全部(100%)を有する企業とされており、完全に国が所有する企業のみが国営企業と称されていた(旧企業法4条8項)。改正企業法においては、国の定款資本率が引き下げられ、国が50%を超える定款資本金又は議決権付総株式を有する企業が国営企業として再定義されており、国の資本率の引き下げが行われた(改正企業法4条11項)。この改正は、国営企業の定義を旧企業法以前である2005年企業法に再び戻すものであり、併せて、株式企業の50%を超える議決権を国が保有する企業が国営企業であることが示されたものとなる。これにより、改正企業法においては、国が完全に保有する国営企業と、国が50%を超える支配率を有する国営企業の2種類が観念できることとなる(改正企業法88条1項a)b))。この区別により、国が独占する国営企業と、50%を超える支配率を有する国営企業の、区分に応じた規定が置かれることが想定され、詳細は今後の政令等に委ねられる。なお、独占国営企業の例としては、電力の送電、紙幣印刷、宝くじ等の分野が想定される。 本改正により、外国投資企業においては、旧企業法下では参入不可能であった国営分野への参入の途が開けたこととなる。例として、各種公益サービスや社会福祉分野が挙げられる。他方で注意すべき点もあり、国営企業の定款資本等保有率が引き下げられたことにより、旧企業法下では、非国営企業として国営企業独自の規制に服することのなかった事業分野が、改正企業法においては、国営企業該当企業として独自規制の適用を受けることが予想される。自社の事業参入分野が国営企業として取り扱われる場合は、関連法令として国家財産管理法、土地・建設関連法令、国営予算関連法令等の適用を受けることが予想されるため、今後の事業運営には従前以上にコンプライアンスに注意を払う必要がある。 なお、国営企業の範囲が拡大されたことにより、各種国営企業適用法令の改正も順次行われていくことが予測されるが、これら法令は多岐に渡るため、改正が十分に行われるまでの間、法令の適用関係に不明瞭な点が生じることが予測される。対象企業においては、担当当局との密接な連携や確認の上、各種事業に取り組むことが望ましい。 また、関連して企業財産の国有化についても細かな修正が行われている。旧企業法においては、国による企業財産徴収について国防や治安維持等の具体的な理由が設定されていたが、改正企業法においては、これら理由が撤廃されている(改正企業法5条3項)。もっとも、国による企業財産徴収の例はほぼ見られず、事業運営上への影響は乏しいと見込まれる。 3 企業情報開示に関する改正 ベトナム企業法上は、種々の企業情報を経営登記機関に通知する必要がある一方、当局が運営する企業ポータルサイトにおいて各種企業情報の一部につき閲覧等が可能であった。企業法に関連する企業情報として、次の表記載のものが挙げられる。改正企業法により改正が加えられたのは、これらのうち(c)企業管理者情報と(f)社印の情報である。 (1)ERC情報 ERC(企業登録証明書)情報には改正は行われず、従前同様、これら事項に変更が生じた場合には、経営登記機関に10日以内に変更通知を要する。また、ERC情報については無料で企業ポータルサイトに公開されており、各企業は、今後も取引相手方の法定代表者の確認等に用いることができる。 (2)企業管理者 改正企業法により、企業管理者の変更等については経営登記機関への通知が不要となる。これに伴い、企業ポータルサイトにおいて有料で取得可能であった相手企業の取締役や社長等の企業情報の開示サービスは廃止されることが予想される。そのため、相手企業の企業管理者の確認を要する場合は、企業ポータルサイト以外の方法による確認が必要となる。確認方法としては、企業側に証明書を別途発行してもらうなどの運用が考えられる。 (3)株式企業における株主 株式企業の株主情報は、有限責任企業におけるERC(企業登録証明書)情報と異なり、ERC記載事項ではない。そのため、2018年10月までは経営登記機関に株主情報を通知する運用がなされていたが、かかる通知制度は既に廃止されており、現在では対象企業の株主情報は当該企業の株主名簿により確認する方法が一般的となっている。なお、外国株主は依然として通知が必要であるが、当該株主情報は企業ポータルで開示はなされていない。 (4)企業定款 企業定款については改正企業法による影響はない。設立時に経営登記機関に登記すべき原始定款に加え、定款に変更が生じた場合には当局への通知を行わなければならない。留意点としては、企業定款は経営登記機関に通知を行う必要があるものの、企業ポータルでは公開されていない。もっとも、公開株式会社であり、かつ、自社ウェブサイトを有する企業は、定款を自社ウェブサイトにおいて公開しなければならない。 (5)社印 旧企業法において、各企業は、自社で用いる社印を経営登記機関に通知し、経営登記機関は社印情報を企業ポータルにおいて公開する運用を行っている。これはいわば印鑑登録証明としての機能を果たしていた。改正企業法においては、社印の経営登記機関に対する通知義務条項が削除されており、各企業においてどのように押印の真正を確認すべきか今後の運用が注視される。また改正企業法は、従来の印鑑に加え、電子署名(押印)を自社の署名(押印)手法として認めることを明確化しており(改正企業法44条)、今年の首相決定(645/QĐ-TTg)による2021年から2025年までの電子取引市場拡大に関する国家方針との連関も窺われる。 経営登記機関における登記に関連して、改正企業法では、従前のガイドライン等の運用を改めて法令化した。例えば、登記方法について従前行われていた、直接窓口での登記、郵送による登記、そして電磁的方法による登記の方法を明文化した(改正企業法26条1項)。 [後編へ続く]
ベトナムにおける並行輸入規制
並行輸入とは、外国で販売されている商品を国内の正規ルートとは別に輸入することを指す言葉です。このような並行輸入は、国内と外国との製品価格の間に差があることから、外国において国内と比べ安価な製品を購入し、国内に輸入することによって生じることが一般的です。 日本国内においては、特許権における並行輸入事例としてBBS事件(最高裁平成9年7月1日)があり、特許権のいわゆる国際消尽を否定しながらも、外国における特許製品の譲渡において販売先や使用先から日本国内を除くよう合意し、かかる合意を当該製品に表示した場合に限り並行輸入の差止めができる旨判断されています。また、商標権における並行輸入事例としてフレッドペリー事件(最高裁平成15年2月27日)があり、①当該標章が輸出元国における商標権者又は商標権者から契約等によって使用を許諾された被許諾者等によって適法に付されたものであり、②我が国の商標権者と輸出元国における商標権者が同一人であるか又は法律的若しくは経済的に見て一体といえる関係にあって実質的に同一人であると認められ、③商品の品質が実質的に同一であるといえる、という三要件を満たした場合には、並行輸入が許容される旨判断されています。 これに対して、ベトナムでは、知的財産法125条2項(b)において工業所有権が及ばない範囲が規定されており、商標関係を除き、外国市場を含む市場において適法に流通に置かれた製品の輸入、使用がこれに含まれるとされています。商標においては、文言上、標章所有者又はその使用権者以外の者が流通に置いたものが範囲から除外されており、権利行使を行うことができるとされています。また、並行輸入に関連する政令等として、政令99/2013/ND-CP及び通達11/2015/TT-BKHCNが規定されています。並行輸入の定義や取扱いに関する規定は通達に置かれており、並行輸入に該当する場合は知的財産権の侵害と扱われず、行政罰の対象とならないとされています。 ベトナムにおける並行輸入は、国内又は海外において、ライセンシー(裁定実施権の場合を含む。)である所有者・法人・個人が、又は先使用権者が、国内外において適法に流通に置いた目的物の輸入とされています。並行輸入として許容される事例が、ベトナム科学技術省のホームページ(※)に掲載されています。(※)https://media.most.gov.vn/vpdk/Pages/ChiTietHoiDap.aspx?chID=3 特許権における並行輸入の例としては、外国会社による特許製品Xの輸入・販売につき、特定のベトナム企業と独占販売契約等を結び、当該ベトナム企業を通じてベトナム市場での販売を予定していたところ、第三者が当該外国で特許製品Xを購入し、ベトナムに輸入する行為は並行輸入として認められています。意匠権における並行輸入の例としては、外国で商品Gの意匠Yを保有しているA会社が、G商品を製造するため外国において外国会社Bにライセンスを付与した上、製造させている場合において、当該外国会社Bが製造・販売している製品を、第三者が購入してベトナムへ輸入する場合は並行輸入に該当するとされています。 商標権における並行輸入の例としては、外国で商標Zを取得し、当該商標を用いた製品Tを販売する外国企業が、ベトナムにおいて現地法人を設立し、商標Zにつきベトナム国内における商標登録を当該現地法人に行わせている場合において、第三者が当該外国において製品Tを購入しベトナムに輸入する場合は、並行輸入に該当するとされています。 このように、ベトナムにおいては工業所有権ごとに並行輸入として許容される要件が個別に設定されているものではなく、概ね統一的な規定が置かれている点や並行輸入として許容されるか否かが資本関係のみならずライセンス契約関係による点に特徴があります。なお、工業所有権者本人が外国において適法に流通に置いた製品をベトナムに輸入することは、並行輸入として許容されますが、ここにいう権利者本人の解釈にあたっては、文言通り本人のみに限定されるものではなく、権利者本人と法的又は経済的に同視し得る関係を持つ者も含むと解する説が有力です。権利者本人と同視できるか否かは、販売代理店契約の締結の有無やライセンス契約の内容によって判断され、必ずしも資本関係のみで判断されるものではありません。また、日本国内においては、商標権に関する並行輸入について品質管理要件が設けられていますが、ベトナムでは、統一的な並行輸入の規定の関係でこのような個別要件は定められていません。 また、著作権関係において、ベトナム知的財産法は工業所有権のみを規定し、著作権の並行輸入に関する規定を置いていません。この場合も工業所有権の類推解釈により概ね同様の条件で並行輸入が認められると考えられます。 なお、並行輸入に関して紛争が生じた場合の裁判管轄については、ベトナム民法679条に、対象知的財産権の保護国の法令が適用される旨の定めがあるので、ベトナムにおいて並行輸入に該当しない製品(非真正品)の輸入差し止めに関しては、一般的にベトナム法が適用されると考えられます。
プロジェクトに対する抵当権設定
ベトナムにおける抵当権の設定に関する新たな通達(07/2019/TT-BTP)により、2020年1月10日から、以前の通達(09/2016/TTLT-BTP-BTNMT)では抵当権の設定対象とされていなかった建設投資関係のプロジェクトも抵当権設定対象の範囲に含まれることとなりました。本改正で、住宅建設投資プロジェクト、住宅以外の建物建設投資プロジェクト、その他建設投資プロジェクトが抵当権設定対象となりました。この通達以前では、プロジェクトから派生する個々の財産権に応じて抵当権を設定する必要がありました。そのため、抵当権実行にもプロジェクト事業者の協力が必要とされていました。 本改正により、銀行はプロジェクト自体に抵当権を設定することで、プロジェクトから派生する個々の財産権を包括的に抵当対象とすることができ、抵当権者となる銀行は、被担保債権の弁済が得られない場合、プロジェクトを譲り受け、他の投資家に販売する形で被担保債権を回収することとなります。 なお、従前の財産権に対する抵当権設定登記は、司法省の担保取引国家登記局に所属する担保取引登記センターで行われていました。本改正により、対象となるプロジェクトの抵当権設定登記は、資源環境局に所属する土地管理事務所で行います。しかし、抵当権設定登記手続において、当該投資プロジェクトの土地使用権証明書を提出する必要があるものの、実際の投資プロジェクト事業者と土地使用権者が異なる場合が多く、今後の課題とされています。また、土地使用権証明書を必要としない投資プロジェクトもあるため、土地使用権者の協力が運用上必要となる結果、場合によっては投資プロジェクトの抵当権設定登記ができないという問題点も指摘されています。
銀行の貸付資金源等に関する変更
ベトナムにおける銀行の貸付資金源に関し、通達(22/2019/TT-NHNN)により、2020年1月10日から、銀行の中長期ローン貸付資金源に関する規制が段階的に始まりました。これまでは、中長期ローン貸付において、銀行は、1年内に返済しなければならない金銭を最大60%の割合で貸付資金源とすることができました(通達36/2014/TT-NHNN)。この割合が、2020年より40%へ縮小し、その後さらに段階的に縮減、2022年10月1日以降から30%となります。なお、専ら小規模銀行の預金者の保護を狙いとするもので大手銀行には大きな影響はないと見込まれています。 また、小規模銀行の事業安定化を目的として、通達(36/2014/TT-NHNN)別表2に掲げられていた不動産事業への貸付に関する危険係数について、150%から200%へ引き上げられたことにより、不動産事業分野への銀行による資金注入が鈍化することが予想されます。
ベトナムにおける知的財産権に関する法令の概要[後編]
2.工業所有権 (9) 著作権 ベトナムにおける著作物は、内容、品質、形態、手法や言語を問わないものの、模写などではなく作成者により創作的に表現されたものを指し、無方式で発生する点に特徴があります(法6条1項、14条3項)。創作性を欠く場合としては、例えば、工程、システム、操作法、定義、原理や統計などが挙げられます(法15条3項)。ただし、科学的な研究の成果として操作法や定義を行った場合は、著作物として保護が及ぶ余地があります。著作物該当性に関する具体的判断基準は明記されていませんが、講演やプレゼンテーション、音楽や建築、美術作品(応用美術含む。)などは、著作物の対象となり得ると考えられます。もっとも、著作権の任意による登録制度も用意されており(法49条1項及び2項)、著作権証明書発行に合わせて、著作物性の判断結果を知る契機となる点に利便性があります。なお、2019年においては7392件の証明書が発行されています。 著作物の創作者たる著作権者には、著作権及び著作者人格権が認められます。 著作権の内容は、二次的著作物の創作、公衆への実演、複製、著作物又は複製物の頒布、有線又は無線の方法による技術的手段を利用した公衆への伝達、映画の著作物又はコンピューター・プログラムの原本又は複製物を貸与する権利(法20条)で構成されます。 著作者人格権は、題号指定権、氏名表示権、公表権、同一性保持権(法19条)などが認められています。公表権を除けば、これら著作者人格権は無期限に保護されます。公表権及び著作権については、原則として著作者の死後50年間保護が及びます。保護期間の例外として、映画、写真、美術及び匿名の著作物については公表から75年間保護が及び、匿名の著作物を除くその他著作物については25年以内の公表がない場合は固定から100年間保護が及びます。 (10) 著作者隣接権 著作者隣接権は、実演、録音、録画、放送番号、暗号化された番組を送信する衛星信号に係る組織又は個人の権利と定義され(法4条3項)、実演者の権利(法29条)、レコード制作者の権利(法30条)、放送組織の権利(法31条)が著作者隣接権の節に定められています。この隣接権は、これら衛星信号が著作権を害することなく固定された時点で発生するとされています(法6条2項)。 著作者隣接権の保護期間は50年ですが、それぞれ起算点が異なっています。実演家の場合は、実演固定時を起算点とし、レコード制作者の場合はレコード公表又は公表されていない場合は固定時を起算点とし、放送組織の場合は放送後を起算点としています(法34条)。 3. 植物品種権 植物品種権として法的保護が及ぶのは、育成され、又は発見及び開発された品種かつ農業地方開発省が発行する保護対象種の一覧に属する品種であって、新規性、識別性、均一性、安定性及び適正名称を有するものとされています(法158条)。 このような品種のうち、樹木及びつる植物には25年間、その他の品種には20年間の保護が登録日を起算点として与えられますが、更新は認められていません(法169条2項)。 4. 侵害対応 侵害への対応については、行政対応と司法対応とに大きく分かれ、行政対応においては、税関を除けば、監査機関、警察庁、市場管理局や人民委員会がこれを管轄しています。これら機関は必要に応じて保全措置を講じ、行政罰などの行政処分を行います。輸出入においては税関がこれを管轄し、知的財産権国境管理措置が講じられます(法200条)。 司法対応においては、民事上又は刑事上の責任追及を行い、民事上では賠償請求をはじめとして侵害物の廃棄など侵害停止措置(法202条)等の請求を求めることになります。もっとも、民事司法上の対応については2006年から10年間の間で168件が受理されたにとどまり、活発な活用実態があるとは必ずしも言い切れない点が指摘されています。
ベトナムにおける知的財産権に関する法令の概要[前編]
1. ベトナム知的財産法制度について ベトナムでの知的財産法(36/2009/QH12)(以下、「法」といいます。)は、ドイモイ政策実施後、WTO加盟などもあり整備が進んできています。このようなベトナム知的財産法整備の背景にある、ベトナムが加盟する主要な条約は、ベルヌ条約、パリ条約、TRIPS協定、マドリッド協定、特許協定条約、ハーグ協定などで、近時著作権に関して新たにWCTやWPPTに加盟することが見込まれています。法令面においては、知的財産法として工業所有権(発明、商標、工業意匠、回路配置利用権、実用新案、地理的表示、商号及び営業秘密などが保護の対象とされています。)、著作権、植物品種権の3分野が一つの法令に集約されており、細部を定める政令として、工業所有権につき22/2018/NĐ-CP及び政令99/2013/NĐ-CP、著作権関係については22/2018/NĐ-CPなどが挙げられます。その他、通達として01/2007/TT-BKHCNが関連しています。 2. 工業所有権 (1) 特許発明 特許として保護される発明には、新規性、進歩性そして産業利用可能性が求められています(法58条1項)。保護期間の起算点は特許登録日であり、保護期間は出願日から20年です(法93条2項)。更新等を行うことはできません。 新規性については、特許出願前等に使用、書面又は口頭などの方法により公然開示がなされていないことが条件となっています(法60条1項)。新規性喪失の例外が2つあり、まず、秘密保持義務を伴う限定された範囲に知られている場合には、新規性が保たれることが条文上明記されています(同条2項)。また、公開時から6か月以内に出願することを条件に、博覧会や学術研究などの科学的な場を借りての開示、無権利者の無断開示の場合にも、直ちには新規性を失わないこととされています(同条3項)。 進歩性については、特許出願前等に既に開示されている課題解決技術に照らし、出願者の当該技術が容易に想到できないことが条件となっています(法61条)。もう少し踏み込んだ進歩性についての判断は、科学技術省の通達(01/2007/TT-BKHCN第25.6の項目)などが参考となり、出願にあたっての開示技術の要件や容易想到性を判断するにあたり、当該技術分野に属する通常人を容易想到性の判断基準とすることなどが触れられています。 登録手続は下図【工業所有権審査に関する一覧図】のとおりですが、特許及び実用新案においては、特許等申請に対する形式審査を経たのち、実体審査請求を行い特許等が付与される構造となっています。実体審査請求が必要な点が、他の実体審査を伴う知的財産権と異なります。 (2) 実用新案 実用新案として保護される発明には、特許と異なり進歩性が求められていません(法58条2項)。これは要件上の問題であり、進歩性がないため実用新案が選択されるものではなく、高い進歩性があっても各種手続やコストの関係で実用新案が選択される場合もあることに注意が必要です。実用新案における新規性や産業利用性については、特許と同様の考え方になります。 実用新案における審査手続も特許と同様となっていますが、特許との違いは、実体審査請求が可能な期間が36か月とやや短縮されている点です(法113条)。また、保護は実用新案登録日から及びますが、保護期間の満了は実用新案出願時から10年となります(法93条3項)。 (3) 工業意匠 工業意匠として保護される意匠には、新規性、非容易創作性そして産業利用性が求められています(法63条)。保護期間の起算点は登録日であり、登録出願時から5年とされています。更新は2度認められているため、最大で出願から15年の保護が及ぶことになります(法93条4項)。 新規性については、工業意匠出願前等にて、使用、書面による説明、その他開示されている他の工業意匠と著しく異なるかどうかが判断基準とされています(法65条1項)。また、他の工業意匠との差異部分が記憶に残りにくい特徴である場合や出願意匠自体が識別性に欠ける場合は登録ができない点にも注意が必要です(法65条2項)。そのほか、新規性喪失の例外等については特許と同様の定めが置かれています(法65条3項以下)。 非容易創作性についても特許類似の容易想到性の判断基準が規定されていますが(法66条)、既知デザインの単なる組み合わせ、周知された自然形、幾何学図形形状、既知製品の形状の模倣、他の分野の工業意匠を模倣した工業意匠(自動車を模倣した玩具等)などは科学技術省の通達により意匠として認めない方針(01/2007/TT-BKHCN号第35.8)とされています。 (4) 回路配置利用権 回路配置利用権とは、いわゆるICやチップなどと呼ばれる半導体集積回路の利用権を指し(法4条14項)、独創性と商業的新規性により保護されます(法68条)。保護は登録日から及びますが、保護期間の満了は、出願日から10年、当該回路を実施権者又はライセンシーが国内外のいずれかで使用した日から10年、または当該回路創作の日から15年のいずれかのうち、最も早い時点となります(法93条5項)。 また手続については、形式審査において特に問題のない場合は他の特許や意匠などとの比較において実体審査を必要とせず(法114条2項)、回路利用権登録証明書が発行されます(法109条2項)。 (5) 商標 商標として保護される標章は、立体図形又はその組合せを含み、1つ又は複数の色彩により表現された文字、語、絵柄、図形の形態により、可視性と識別可能性が求められています(法72条)。このため、前者の要件との関係で、動き商標や色彩のみからなる商標、音商標などは範囲に含まれない点に注意が必要です。保護は登録日から及びますが、保護期間の満了は出願日から10年です。更新は回数の制限がなく、1度の更新により10年の保護期間が与えられます(法93条6項)。 識別性については、科学技術省の通達(01/2007/TT-BKHCN号の第39.3)に定めがあり、簡単な図案や幾何学的図形、文字など、標識や符号などがある言語上における一般名称であって、広範かつ頻繁に使用され、一般的に知られているものをはじめとする諸ケースに該当する場合は認められないものとされています。 商標審査については、出願から形式審査が行われ、その後2か月以内に出願公開がなされます(法110条3項)。実体審査は公開日から9か月以内になされ、商標登録証明書の発行となります。実務運用上では概ね1年半から2年弱の期間が必要となる点に注意が必要です。 (6) 商号 商号は、企業法(68/2014/QH13)39条により、既登録商号との重複又は混同や国家機関等の組織の固有名称の全部又は一部、歴史・伝統、文化をはじめとする公序良俗に反する用語又は記号の使用が禁じられておりますが、翻って、既登録商号は、重複又は混同を生じさせる後続商号から保護を受けています。 (7) 地理的表示 地理的表示は、地理的表示を有する商品が当該地理的表示に対応する原産性と地理的表示に対応する品質等を備えていることで保護が及びます。登録日を起算として無期限で保護が及びます(法93条7項)。登録手続の流れは商標と基本的に同様であるものの、実体審査が6か月である点に違いがあります(法119条2項(d))。 (8) 営業秘密 営業秘密として保護される情報は、非公知性、有用性、秘密管理性を備えた情報とされています(法84条)。審査手続を要さず、これら要件を満たす限りにおいて保護が及びます。
ベトナム労働法の主要な改正点と日本企業がとるべき改正点[後編]
([前編]からの続き) 1.5. 月中の残業時間の増加 労働法改正時の審議にて、残業時間の上限緩和を求める意見が数多く挙がったことを受け、改正労働法は第107条において、各月の残業時間の上限規制を従来の30時間から40時間へと上限を緩和する改正を行っている。もっとも、現行労働法第107条に規定されている原則各年200時間(特別事業においては例外的に300時間)の残業時間規制は維持されており、依然として年間残業時間の上限規制には注意する必要がある。残業時間規制に反して労働者を就労させた使用者に対しては、5千万ドン(25万円相当)の罰金が科される余地がある(政令No.95/2013/NĐ-CP号第14条。なお本条は現行労働法に依拠する条文であるため、この度の改正に伴い、政令上の関連条項も改正されると見込まれる)。残業規制の面のみからすれば、緩和が図られたとも受け取れるものの、労働者の就労態様が強制労働に該当すると判断された場合、当該法人の責任者は、刑事責任として、罰金、職務担当禁止又は12年を長期とする懲役等を科される(刑法第297条)可能性が生じるのでなお注意を要する。 本改正に関連する事項として、本改正労働法では、各週48時間の残業規制も維持されたものの、国会は政府に対して、経済及び社会の発展状況に応じた、各週の就業時間減少の提案を行っており、「国家は、週間の就業時間を40時間にすることを激励する」という方針を維持している点も看過できない。 1.6. 祝日の増加及び有給休暇事由の拡大 改正労働法第119条により、建国記念日(9月2日)の前後に祝日が加えられ、連休となる。新たに設けられる祝日は年ごとに異なり、同月1日又は3日となる。この改正より、ベトナムの祝日は年間合計11日となる。 また、労働者は、現行労働法第116条の規定により結婚の際に3日、子供の結婚の際に1日、実父親、実母親、配偶者の実父母、配偶者又は子供の死亡の際に3日間の有給休暇取得が認められていたが、それに加え、改正労働法第115条により、義父又は義母が死亡する際にも、3日の有給休暇が認められることとなる。 1.7. 定年退職の年齢の増加 改正労働法第169条によれば、定年退職の年齢が段階的に引き上げられることとなり、男性は2028年までに定年年齢が62歳となり、女性は2035年までに定年年齢が60歳となる。 1.8. 定期的対話:年一回 現行労働法下において使用者は、3か月ごとに一度、労働者と対話を実施する機会を設けなければならなかったが、改正労働法は、この頻度を年一度で足りるとし、頻度を減少させる改正が行われた(第63条第2項a))。 1.9. 国家が企業の賃金に直接的に干渉しないこと 現行労働法第93条によれば、使用者は政府が定めた賃金テーブル、賃金表及び労働基準量に基づき、労働者の募集、労働者の使用、労働契約における給料交渉又は給料支払いの根拠とするための賃金テーブル、賃金表及び労働基準量を作成する責任を負っていた。これが、改正労働法第93条により、企業は政府が規定した賃金テーブル、賃金表及び労働基準量の作成原則(政令No.49/2013/NĐ-CP号第7条に定められていたもの)を根拠とする必要がなくなり、被雇用者と交渉又は合意した上で、賃金表、賃金テーブル及び労働水準を自主的に作成することができるようになる。なお、最低賃金については、なお政府基準を順守する必要があることには留意が必要である。 1.10. 高齢労働者との有期労働契約の締結 現行法下では、高齢労働者の起用において、従前の契約の延長又は有期労働契約の締結の利用が主に検討されてきた(現行労働法第167条)。しかし、いずれの方法も難点を抱えており、例えば、現行法下では契約期間の設定問題を含め、高齢労働者の健康状態に柔軟に対応できないという問題があると考えられている。また、有期労働契約を締結する場合も更新の回数が1度に限られているきらいがあったため、実務上は運用が困難とされていた。これを受けて、改正労働法第149条は、高齢労働者との有期労働契約における更新回数制限の撤廃を認めることとしている。本改正により、高齢労働者の健康状態及び能力等に応じた適切な労働契約を締結できることが期待される。 その他、労働者が給与を直接的に受領できない場合(例えば、病気に罹患した場合や事故に見舞われた場合がこれにあたる)に、給与の受領を他人に委託することを認める改正が行われた(第94条第1項)。また、賞与について金銭のみならず、現物(例えば、当該会社の生産商品)や他の方式(例えば、当該会社の株式等)により支払うことを認める改正が行われた(第104条)。ベトナム商工会が使用者の代表と位置付けられていること(第7条第4項)も本改正労働法の注目すべき点であろう。 2.日系企業がとるべき対策 日系企業においては、上記法改正を意識しつつ、法令順守に取り組んでいく必要があることは多言を要しないが、実務運用上、改正項目の中には必ずしも明確化されていない事項が少なからず含まれていることに留意すべきであろう。特に、本改正では労働法の規律対象の拡大が図られた結果、どのような範囲が法令の想定する労働者として規律対象となるのか慎重な検討が求められる。同様に、改正労働法の各種規定の適用状況についても、注視を続ける必要があり、この点の明確化は、今後制定されるであろう他の法規範文書との連関を待つことになると思われる。労働法の規律範囲や関連規制の適用について、日系企業は依然として立法動向に注意を払い、最新の動向を正確かつ迅速にキャッチアップし続ける体制づくりが必要である。なお、保険、賃金、就労時間、休暇制度に関する改正は政府方針として重要視されることが見込まれている。そのため、労働契約関係がないものの、労働法上、労働者として取り扱われる可能性のある者への対応としては、これら改正関連事項を優先的に検討すべきと思われる。 その他、今後増加するであろう定年退職者との関係では、上記改正を踏まえた高齢労働者対応体制の整備が必要であろう。体制整備にあたっては、使用者の代表と位置付けられるベトナム商工会との連携を密に行うことが重要であるといえる。
ベトナム労働法の主要な改正点と日本企業がとるべき改正点[前編]
第14会期国会の第8回会議(2019年11月)において、労働法が改正され、2021年1月1日に施行される(第220条)。労働法の主要な改正点の概要は以下のとおりである。 なお改正前(現行)の労働法を「現行労働法」(No.10/2012/QH13)、改正後の労働法を「改正労働法」(No.45/2019/QH14)と表記する。 1. ベトナム労働法の主要な改正点 1.1.規律対象の拡大 改正労働法第2条の改正により、労使関係のある使用者と労働者のみならず、雇用契約関係のない労働者も法の適用範囲に含まれることとなる。「雇用契約関係のない労働者」とは、例えば、改正労働法第3条第6号において労働契約によらずに就労する者をいい、具体例が明示されていないものの、家政婦や営業世帯として労務提供する者がこれに該当すると考えられる。 1.2. 人身売買の目的での雇用禁止の明確化 改正労働法第8条第6項により、いわゆる不法労働者派遣や密航を禁ずることを明確化された。不法労働者等の近年の増加を受けての改正とみられる。本改正により、例えば、不法な海外就労を目的とする出国の誘導、約束、詐欺的広告等の行為が明確に禁止となった。 また、本条は、併せて人身売買等をも禁じているが、法人の行為が本条に規定する人身売買に該当する場合、当該法人に対して、行政罰として2億ドン(100万円相当)を上限とする罰金、活動停止(政令No.95/2013/NĐ-CP号第34条)の罰則が適用されることとなる。罰則関係においては、法人への罰則に加え、当該法人の責任者である個人に対しても、罰金若しくは懲役(20年まで)又は双方の併科が課される可能性がある(刑法(No.100/2015/QH13)第150条参照)。 本労働法改正の結果、日越双方において、活用が高まっている技能実習や特定技能制度につき、従前より一層の慎重かつ適法な運用が求められる。 なお、派遣機関のみならず、日本国内の受入機関も同様にベトナム国内において上記ベトナム刑法の適用を受けるため、本改正を機に受入機関である日本企業は、ベトナム人技能実習生の旅券や派遣関連契約等の確認方法を見直す余地も出てくると思われる。また、これら関連法令への抵触の可能性が生じた場合の対応方針や、未然に抵触を防止するための事業監督手法の見直しをも検討すべき場合があり得る。 1.3. 雇用契約に関する改正:季節的業務に関する契約及び12ヶ月未満の契約の廃止、電子的契約の導入 現行労働法第22条は、労働契約は、無期労働契約、有期労働契約及び季節的な業務又は特定業務を履行するため12か月未満の期間の定めのある労働契約(以下「季節的労働契約」という。)の3類型を規定していた。なお、無期労働契約とは、使用者と労働者が当該労働契約において、期間を定めない労働契約であり、有期労働契約とは、両当事者が当該労働契約において、労働契約の期間を12か月以上から36か月以下の期間と定めた労働契約である。本改正により季節的労働契約制度は廃止されることとなった。このため、改正労働法下における労働契約形態は有期労働契約及び無期労働契約の2種類の労働契約形態のみとなる。もっとも、季節的労働契約規定が廃止されるものの、改正労働法は有期契約の期間について、契約期間が12か月以上から36か月以下であったところを単に36か月以下と改正することにより、従前季節的労働契約が活用されていた労働期間について、手当てを行っている。したがって、改正労働法下では従前季節的労働契約を締結していた場面では、12か月未満の有期労働契約により対応することとなろう。ただし、有期労働契約において労働契約の更新が認められるのは一度のみである点に注意を要する。更新後においてもなお、労働者との労働契約の継続を希望する場合は、当該労働契約は無期労働契約とする必要がある。 その他、改正労働法第14条により従前書面が求められていた雇用契約について電子的方法による締結が認められるに至った。 1.4.理由を要しない一方的労働契約終了 現行労働法第37条は、有期労働契約に基づき就労する労働者に対し、次の場合に、契約終了前における一方的な契約解除権を付与している。 ①労働契約で合意した業務に従事できない場合又は勤務地に配置されない場合 ②労働条件が保証されていない場合 ③労働契約に定めた給与が十分に支給されていない場合 ④給与の支給が遅延する場合 ⑤虐待、セクシャルハラスメント又は強制労働をさせられる場合 ⑥自身又はその家族が困苦な状況にあるため契約履行の継続が不可能になる場合 ⑦居住地の機関における専従職に選出された場合 ⑧国家機関の職務に任命される場合 ⑨妊娠中の女性労働者が認可を受けている医療機関の指示に基づき業務を休止しなければならない場合 ⑩労働者が、有期労働契約の場合は90日間において、継続して治療を受けたにも関わらず労働能力を回復できない場合 上記のいずれかに該当する場合には、労働者は一方的に労働契約を解除することができる。ただし、手続要件として解除権の行使には3営業日や30日などの一定の期間を置いて事前に使用者に通知しなければならないことが定められていた。しかし、改正労働法第35条では、労働者が30日又は45日の一定の期間を置いて事前に使用者に対し通知を行った場合は、その理由を問わず、労働契約を終了させることができる旨改正が行われた。 また、このような労働者の労働契約解除権に加え、改正労働法下では ①労働契約で合意した業務や勤務地に配置されない場合 ②労働条件が保証されない場合 ③虐待、セクシャルハラスメント、強制労働をさせられる場合 には、事前通知を要せずして、直ちに労働契約を終了させることができることとなった。 併せて労働者は使用者に対して、社会保険、転職時に必要となるような就労に関する文書の提供を求めることができることとされている(第48条第3項b号)。 (以下、[後編]へ続く。)