債権管理読本 ~第1回 取引債権と紛争解決コスト比較について~
弁護士 原智輝 ベトナム債権管理チーム(パラリーガル Giang、Hanh) ベトナム現地法人の取引やベトナム企業との貿易取引など、ベトナムに関連する債権が発生する取引は日々多々生じています。外国企業との取引においては、日本国内企業同士の取引とは異なった視点からの債権管理が生じます。弊所へのご相談の中でも近時、ベトナム企業に対する債権回収案件が増加傾向にあり、その重要性は高まっていると言えるでしょう。 各種相談を経て思うのが、日系企業における債権管理の第1歩は、発生させている債権(額)の意味に関する知識を深めるというところだろうと思います。訴訟や仲裁など、債権回収の場面になった際、一体いくらの費用が見込まれるのかを知ることで、今発生させている債権に対する認識やリスクを察知できるからです。そのような理由から、まずは紛争解決方法に焦点を当てて話を進めていきたいと思います。 債権回収の相談の際、最終的な解決は、日本又はベトナムでの裁判所での訴訟手続か仲裁手続による仲裁判断となります。この選択は事実上、取引開始時における契約書の記載等によって決定するものであり、この時点で誤った選択を行った場合、泣き寝入りをせざるを得ない状況に追い込まれたり、手続は採れるものの費用倒れになったりしてしまいます。そのため、債権回収を見越したタブーについて記載し、どのような視点で手続選択を行えばいいのか考えてみたいと思います。 まず、決してやってはならないことは、執行のできない裁判所を用いての紛争解決です。例としては、日本国内にベトナム企業の財産が存在しない状態で、日本の裁判所を専属的合意管轄に指定する場合があります。これは、日本とベトナムの裁判所間において他国の裁判判決を自国で執行する制度になっていないことから起因しており、日本の裁判所で勝訴判決を得たとしても、ベトナムで執行ができず、判決が「絵に描いた餅」となってしまう形となって現れます。もし、自社の取引契約書を確認し、日本の裁判所が専属的合意管轄となっている場合や、紛争解決に関する記載が何もない場合はかなり要注意と言えるでしょう。 次に、仲裁手続利用の可能性についてです。仲裁判断において主に生じる費用は、管理料金、仲裁人報償金及び代理人への着手金と報酬金などが挙げられます。前2者が仲裁機関に支払う費用、後2者が代理人となる弁護士に支払う費用になります。仮に、1000万円の請求をJCAA(日本商事仲裁協会)の商事仲裁規則を用い、仲裁人の人数を1名とした場合、管理料金が50万円、仲裁人報償金の上限が200万円(1時間5万円のタイムチャージ)(仲裁人報償金については両当事者に予納金の請求が生じます)、弁護士着手金が59万円、全額回収時の報酬金が118万円(弁護士費用についてはいずれも旧日弁連弁護士報酬基準を参照)となります。なお、JCAAの商事仲裁規則80条によりこれら費用負担割合については、仲裁判断に従って各当事者の分担となるため、全額の費用負担が必要となるケースは稀であろうかと思われますが、目安として、このような事情から債権が数百万円程度にとどまる場合、各種費用の関係から厳しい判断を迫られる可能性があることを認識する必要があります。 まとめますと、自社取引において発生させている売掛債権が例えば100万円~200万円程度である場合や、相手方の契約違反により生じる自社の損害が同額程度である場合、その金額から、債権管理上何らかの措置を講じなければ、泣き寝入りか費用倒れのリスクをもって取引を続けている可能性が高いということになりそうです。なお、この売掛債権は、基本的には、1社に対する請求であり、契約書の関係性によっては、債権に紐づけられた契約書単位で考える必要があります。 次回は、引き続き、ベトナム裁判所における訴訟費用や、VIAC(ベトナム仲裁機関)における費用について説明していきたいと思います。
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