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コラム

COLUMN

弁護士・弁理士が解説する AIのデータと学習済みモデルの権利 ~著作権・特許権・営業秘密の強みと弱み~

知的財産

2021.11.17

執筆者:弁護士・弁理士 田中雅敏

1.AIのデータや学習済みモデルについて何が起きているか

 AIやIoTを活用して、付加価値の高いサービスや商品を提供したり、競争優位性を獲得、維持していくことは、現代においてビジネスを遂行していく上で、不可欠の視点と言えます。

 しかし、このようなAIやIoTに利用されるデータや、AI学習によって得られた精度の高い学習済みモデルといったものは、非常に高い経済的価値を持っているにもかかわらず、法律上の権利関係や法的保護などが未だ十分に整備されているとは言えません。私たち弁護士のところにも、こうした点での行き違いやトラブルといったご相談が、後を絶たないのも現状です。

 これらのデータや学習済みモデルを守るために、法律上は、いくつかのツールを利用することができます。

 「どんなツールがあるのか、また、それぞれのツールの強みと弱みは何なのか。」

 これをしっかりと理解しておくことは、ビジネスを長期的に成功させるためには、非常に重要と言えます。

 逆に言えば、こうしたポイントをしっかり押さえ、事前にこうした視点をもってビジネススキームを検討しておけば、多くのトラブルを避けることができるばかりか、AIやデータを活用したビジネスモデルを、より強いものにすることができます。

 以下の事例を基に、この点を見ていくことにしましょう。

  

 これは、B開発会社がAスーパーからの委託を受け、AスーパーのPOSレジデータと、日時や曜日、天気、気温、イベントの有無、その他多様な社会データと一緒に機械学習させることにより、いつ何が売れるかを高い精度で予測することができるような学習済みモデルを開発したという事例です。その学習済みモデルをAスーパーに提供するのはよいのですが、その後B開発会社が以下のような行為をした場合に、Aスーパーがこれに対して異議を唱え、AスーパーとB開発会社の間に紛争が発生した場合、結論はどうなるのでしょうか?

  B開発会社が、AスーパーのPOSデータを学習させて開発した学習済みモデルを、Aスーパーと 競合する別のCスーパーに利用させて利用料金を受領した。      
       
  B開発会社が、Aスーパーと競合する別のCスーパーから委託を受けて、同様の学習済みモデルを開発したが、その開発にあたって、Aスーパーのデータを学習させて開発した学習済みモデルをベースにして、それにさらにCスーパーのPOSレジデータを学習させたため、短期間に安いコストで、より精度の高いものが開発できた。       
     
  B開発会社が、AスーパーのPOSレジデータそのものをデータベース化して、同様のシステムを開発するD社に提供した。       

2.AIの学習済みモデルやデータには著作権があるのか?

 よく、「データ」や「学習済みモデル」にも著作権がありますよね、というご相談をお受けすることがあります。しかし、残念ながら、 「データ」や「学習済みモデル」には、基本的には著作権はない、と考えておく必要があります。

 これは、著作物として認められるためには、著作権法上、「思想または感情を、創作的に表現したもの」である必要がありますが、その本質が関数である「学習済みモデル」や単なる情報の提示に過ぎない「データ」には、このような創作的表現が認められないからです。

 もちろん、学習用データセットのように、一定のルールや分類に従って整理されたデータであって、それらを電子計算機を用いて検索することができるように体系的に構成したものについては、「データベース」として、著作物性が認められる可能性があります。

 しかし、「生データ」や、これら学習用データを使って学習して生成された「学習済みモデル」は、基本的には著作物性が認められず、著作権では保護されないことになります。

 したがって、上記のモデルケースでは、AスーパーはPOSレジの生データを提供しているだけですので、Aスーパーのデータではあるものの、このデータについてAスーパーも含め、だれも著作権を持てない、ということになるわけです。

3.AIの学習済みモデルやデータに特許権があるのか?

  AIの学習済みモデルやデータについては、原則として、特許権は成立しません。なぜなら、単なるデータや関数そのものは、特許法上の特許発明の要件である「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」に該当しないからです。

 もっとも、データが構造を有する場合で、その構造の結果一定の電子計算機の処理が可能となるような場合には、特許性が肯定されることがあります。また、学習済みモデルも、具体的な処理に組み込まれるなどして「プログラム」と認められる場合や、コンピュータの処理を規定するものとして「プログラムに準ずるもの」と言える場合には、ハードウェアと組み合わせて情報処理装置又はその動作方法として、特許が成立する可能性はあります。なお、この場合でも、原則として、公知となる前に出願をしておく必要がありますので、出願前に、秘密保持義務のない人に漏らしてしまわないように配慮が必要です。

 したがって、上記のモデルケースでは、AスーパーはPOSデータを提供しただけですので、仮に特許権が成立しうる可能性がある場合であっても、その構築をB開発会社が行っている場合には、Aスーパーは契約等で定めておかない限り、その学習済みモデルを含むシステム等についての特許権を取得して、B開発会社の行為に異議を唱えることはできないということになります。

4.AIの学習済みモデルやデータは営業秘密として守られるか?

 不正競争防止法という法律では、「営業秘密」については、その不正な開示や利用、提供などを行うことは違法とされています。

 このうち、まず、「営業秘密」として保護されるためには、以下の三要件が必要とされています。

     秘密管理性(秘密管理意思の明確表示と物理的措置)       
     有用性(有用な営業上又は技術上の情報であること)
     非公知性(公然と知られていないこと)       

 また、この「秘密管理性」が認められるためには、以下の二つの視点から、しっかりと「秘密」として管理されていることが必要です。

     情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)       
     情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(認識可能性)       

 このように厳格な秘密管理ができている場合は、「営業秘密」として保護される結果、これを無断で開示したり使用したりすると、不正競争防止法違反として、差し止め請求、損害賠償請求ができるほか、刑事罰もありますので、場合によっては刑事事件として立件されるということもあり得ます。このように強い効果が認められている分、その前提としての秘密管理性等の要件も、ある程度厳格に要求されているとも言えるでしょう。

 したがって、本モデルケースでも、Aスーパーが、自社が提供するPOSレジデータについて、上記のような厳格な秘密管理をしていた場合には、B開発会社がD開発会社にデータベースを提供する行為(モデルケースの行為③)については、阻止できる可能性があります。

 しかし、仮にPOSレジデータが「営業秘密」に該当するとしても、AスーパーのPOSデータを学習して生成された学習済みモデルそのものは、すでにAスーパーのデータは含まれていませんので、これを流用又は転用する行為(モデルケースの①②)に対しては、直接的に営業秘密を根拠にこれを阻止することは難しいということになります。

5.AIの学習済みモデルやデータと契約

 以上のとおり、AIの学習済みモデルやデータについては、特許、著作権、営業秘密などで一部守られる可能性がありますが、どれも完全ではありません。

 一方で、当事者間の契約で定める場合には、こういった点は、契約の中でかなり自由に定めることができます。

 したがって、学習済みモデルやデータについての取り扱い、開発完了後の追加開発や流用、転用等の可否、これらデータの保存方法等については、しっかりと契約で定めておく必要があります。

 契約で定めるという場合も、一般的なひな形を用いて、「開発の結果得られた知的財産権は共有とする」といった条項では、全く不十分です。なぜなら、上記のとおり、AIの学習済みモデルやデータに対しては「知的財産権が生じない」場合も多くありますし、仮に特許権が生じたとしてそれが共有になると、共有特許は共有者各自が自由に自己実施できますので、結果として、相手方に無断で流用されてしまうような事態は回避できないからです。

 こうしてみていくと、結局、AIやデータに関する開発や共同利用を行う際は、このような「開発後のビジネスモデル」や、「データ」や「学習済みモデル」をそれぞれがどのように利用できるかといった点について、しっかりと契約スキームを作り、それを契約で取り決めておくことが重要と言えます。

「AIとデータについては、常に事前に契約をしっかり作りこむ。」

 事業の経営者としては、これを忘れずに、AIやデータを活用して、ビジネスをよりブーストアップしていきたいところです。

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