執筆者:弁護士 布井千博
要約
2020年投資法の改正により、ノミニー投資について規制が強化されました。今回の改正で、ノミニー投資であることを理由に直ちに投資ライセンスが取り消されることはありません。しかし、当局の法運用によっては、発行済み投資ライセンスの取消しと投資終結・清算命令が発出されるリスクが生じています。
ベトナムに投資をしようとしている企業においては、リスク管理の観点から、投資方法を慎重に判断する必要があります。
すでにノミニー投資を行っている場合にも、当局による今後の法運用次第では、厳しい対応を迫られることもある点に留意が必要です。
はじめに
ベトナムに限らずアジアにおいて投資をする際に、外国企業が現地人または現地企業から名義を借りて企業を設立し、投資ライセンスを取得することがあります。このような投資方法が普及している理由として、外資規制の回避が挙げられます。たとえば、ある事業分野に外資が参入することを禁じられる場合のほか、現地人または現地企業との合弁が条件となったり、外資の出資割合に上限が定められたりすることがあります。このような制約を回避して、外資企業が現地企業を完全に支配するために、現地人または現地企業を名義上の株主として会社を設立したり、合弁会社を設立したりするのです。このような投資方法は、ノミニー(名義人)を用いた投資あるいは省略してノミニー投資と呼ばれています。
また、上述のような外資規制がない場合であっても、外資企業には国内企業には課せられていない様々な手続きが求められることもあります。たとえば、ベトナムの小売業に外国資本が多店舗で参入する場合に課せられるエコノミック・ニーズ・テスト(ENT)などです。このような煩雑な手続きを回避して国内企業としてのメリットを得るために、外資企業がノミニーを利用することがあります。ベトナムでは外資比率が50%以下の企業は、投資法の適用について国内企業とみなされるため(投資法23条2項)、この規定を活用して国内企業と認められるためにノミニー投資が利用されるのです。
ノミニー投資は適法か?
それでは、このようなノミニー投資は適法なのでしょうか。
アジアの各国を見ると、ノミニー投資に対して厳しいスタンスをとる国が多くみられます。
フィリピンでは、ノミニー投資は明示的に違法行為とされ、違反者は刑事罰の対象となっています(アンチダミー法)。
タイにおいては、タイ人が外国人と結託して外資規制を回避する行為を違法としており、これに違反したタイ人には懲役刑と罰金が定められているほか、裁判所が合弁事業の廃業、株式保有・社員資格の取消しを命じることができます。この裁判所の命令に違反した場合には、違反者は罰金を支払わなければなりません(外国人事業法36条)。
インドネシアでも、内国投資家と外国投資家が結託して出資者名義を偽装する契約の締結を禁止し、このような契約は無効であると規定しています(投資法33条)。
もっとも、これらの国においてノミニー投資が行われていないかというと必ずしもそうとは言えず、優先株式を用いたり、法人所有を数階層重ねるなどの方法で実質的な外資比率を高めて、ノミニー投資規制を回避する実務が行われています。
ただし、このようなノミニー規制を回避する方法に対しても、これを禁止する立法がフィリピン、タイ、中国などで実現あるいは計画されるなど、アジア各国において規制強化の方針が見られます。
ベトナム投資法の改正によるノミニー投資への規制強化
ベトナムでは、2020年の投資法改正まではノミニー投資を明示的に規制する法律はなく、行政のスタンスは曖昧でした。このため、ノミニー投資は、サービス業を中心にかなり普及した投資方法でした。ベトナム政府も、ノミニー投資に対しては目をつぶっていたと思われる節があり、たとえば、2017年にタイビバレッジがSABECOを買収したケースでは、証券取引法上の外資保有規制を回避するためにタイビバレッジが採用した一種のノミニー構造に、ベトナム政府はお墨付きを与えました。
ところが、2020年の投資法改正は、一転してノミニー投資に対して厳しい態度を示しました。
新たに設けられた投資法第48条2項e号は、投資家が偽装した民事取引に基づいて投資を行った場合、投資登録機関は投資ライセンスを取り消し、投資プロジェクトの終了を命じるものと定めています。
行政による投資ライセンスの取消しと投資プロジェクトの終結命令
さらに、投資法を補完するための政令が2021年に制定され、投資登録機関が投資ライセンスを取り消し、さらに投資プロジェクトを終結させるための条件と手続が定められています(2021年政令31号)。
これによると、投資登録機関が偽装民事取引を理由に投資プロジェクトの終結を決定するためには、有効な裁判所の判決・決定または仲裁判断を根拠とすることが求められます(2021年政令31号第59条1項)。このような裁判所の判決・決定を得るために、投資登録機関又は利害関係者は、所轄の裁判所に提訴して、投資家が投資プロジェクトを実施するために用いた偽装民事取引が無効であるとの判断を求めることができます(同条2項)。
もっとも、投資法および関連政令は、ライセンス取消の理由となる偽装民事取引の内容を定めていません。その代わりに、偽装民事取引であるかどうかの判断は、裁判所の判決・決定または仲裁判断にゆだねられます。このため、ノミニー投資が偽装民事取引に該当するのか、どのような形態のノミニー投資がこれに該当するかは現在のところ不明です。
また、投資登録機関の一存で投資ライセンスの取消しができないことから、投資登録機関が裁判所に提訴してまでこの規定を運用するかは不明です。この問題については、政策的判断の余地が大きいと思われることから、今後の投資登録機関の運用を注視する必要があります。
投資プロジェクトの終結に伴う諸手続き
投資登録機関が有効な裁判所の判決・決定または仲裁判断に基づいて投資プロジェクトの終結を決定する場合、投資登録証明書が発給されている投資プロジェクトについては、同時に投資登録証明書も失効します(政令31号第57条2項c号)。
投資家が複数の投資プロジェクトを実施している場合には、終結命令の対象となった投資プロジェクトのみが終結します。この場合、投資登録証明書の変更が行われ、終結命令の対象となった投資プロジェクトは投資登録証明書から削除されます(同条6項)。
投資プロジェクトの活動終了と同時に会社の解散などが行われる場合には、企業法などの規定に従って解散が行われ、清算手続きが実施されます(同条7項、8項)。
おわりに
2020年の投資法の改正によりノミニー投資に対する規制が強化され、投資登録機関に投資プロジェクトの終結と投資登録証明書の取消しを行う権限が与えられました。これにより、偽装民事取引と判断されるノミニー投資は違法とされ、ライセンスの取消しと営業停止処分を受ける可能性が出てきました。ただし、偽装民事取引に関する定義は設けられておらず、これに該当するかどうかの判断は裁判所にゆだねられているため、現状ではノミニー投資のリスクがどの程度高まったかを判断することは容易ではありません。
しかし、ベトナムの当局がノミニー投資に対して問題意識を抱いており、規制を強化する試みを開始したということは言えるでしょう。投資ライセンスの取消しや営業停止を命ずるために裁判所の判断を仰ぐ必要があるという点は、当局にとってはハードルが高いかもしれません。しかし、外資規制の目的である国内投資家の保護が喫緊の課題であると当局が判断した場合には、厳格な法運用がなされる可能性も否定できません。
新たにベトナム投資を開始しようとする企業においては、ノミニー投資のリスクを慎重に検討する必要が生じたといえるでしょう。
すでにノミニー投資を行っている企業においては、今後の法運用を注視し、ノミニー構造を解消するための方策を検討する必要があると思われます。
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