コラム

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「スタートアップの成長に向けた ファイナンスに関するガイダンス」(経済産業省・2022年4月公表)に見る、成功するスタートアップの資金調達戦略~シード期からレイター期まで~

スタートアップ

2022.06.07

執筆者:弁護士・弁理士 田中雅敏

1.失敗しないスタートアップの資金調達とその方法


 スタートアップは、最初は資金調達が難しく、また事業を開始したとしてもなかなか黒字化することは困難であり、創業から一定の軌道に乗るまでの間は、基本的には足りない資金を出資など何らかの形で調達し続けながら、走り続ける必要があります。
 これは、スタートアップの宿命でもあり、経営者やCFOにとって避けて通れない道ではありますが、資金調達についての戦略を誤ると、せっかくうまくいきかけていた事業が突如として暗礁に乗り上げることにもなりかねません。
 したがって、スタートアップを成功させるためには、事業の初期にきちんとした資金調達の戦略を立て、その方法を検討し、課題を抽出・解決しておくことが必要であり、資金調達に失敗して事業が頓挫しないよう、細心の注意を図ることが必要です。
 本稿では、このような観点から、失敗しないスタートアップの資金調達戦略とその方法について、経済産業省から2022年4月に公表された「スタートアップの成長に向けた ファイナンスに関するガイダンス」を参考にしつつ、ご説明したいと思います。

2.シード期の資金調達における課題


 まず、調達する資金については、皆さんご承知のとおり、返済義務が発生する借入などの「デットファイナンス」と、返済義務が発生しない資本性の資金である「エクイティファイナンス」の二種類があります。
 スタートアップ初期の資金需要は、業種や規模、スピード感によって異なりますが、一般的には「研究開発型」のスタートアップは、初期に多くの資金を必要とすることになります。また、いずれにしても、スタートアップの初期には、このようなファイナンスに知識や経験の豊富な経営者やCFOが社内にいることは少なく、投資慣れしているファンドや銀行、投資家などとの間で、情報の非対称性があり、しっかりした事前準備をして臨まないと、予期せぬ資本政策上の問題を抱えることになったり、ファンドに事業の自由度を大きく制約されてしまうような事例も、まま見受けられるところです。

 では、スタートアップの経営者やCFOにとっては、何を準備しておく必要があるのでしょうか?
 この点について、まずシード期においては、以下のような課題に対応しておく必要があります。

① エクイティストーリーの構築(資本政策の立案)


 まず、投資家に対して投資をしたいと思わせるような情報を、効果的かつ適切に開示できるストーリーと根拠を用意する必要があります。スタートアップが最初に作る、自社の事業や将来性などを説明したピッチ資料を、さらに投資家向けにリファインしたものと言ってもよいでしょう。
 このような「投資家に向けて会社の特徴・成長戦略・企業価値の増大の道筋についての説明をするストーリー」を固めておくことは、適切な事業計画の立案や実行にとっても有意義です。
 通常は、「ビジネスモデル」、「市場環境」、「市場競争力の源泉」、「事業計画」、「リスク情報」などを記載することになります。
これらについては、まだ初期の段階で決まっていないことや、不確定なことも多いと思いますが、大切なのは、「現時点でのベストストーリー」をきちんと見える化し、エビデンスなどの用意を通じて、根拠があるのかどうかや実現が可能なのかということを検証しておくことです。
 なお、このようなストーリーは、事業が進んでいくにつれて、随時変化していきますので、常にブラッシュアップし、検証、検討と修正を続けていくことも大切です。

② 適正価格での調達


 資金調達が決まったら、いくらの資金を出してもらい、それに対して株式の何パーセントを割り当てるのかという値決め(バリュエーション)をすることが必要になります。このバリュエーションは、高すぎても低すぎても支障が出ますので、適正なバリュエーションを行うことが重要です。
 バリュエーションがあまりに高すぎると次のラウンドでの資金調達時に前回を超える株価のバリュエーションができず支障が出る可能性がありますし、低すぎると、株の持ち分比率のバランスを失い、会社のグリップに支障が出たり、上場審査時に株式の譲渡価格が疑問視され、上場が遅れることにもなりかねません。

③ 初期株主層の形成


 初期の株主層の形成にあたっては、その後の経営戦略や、上場時のイメージを念頭においておく必要があります。
 VCなどは、資金調達の際にはありがたい存在ですが、出資条件やエグジットの際の条件、IPO後の株式保有継続の有無についての意識の共有を図っておくことも重要です。
 また、スタートアップは経営上の意思決定のスピードが重要ですので、革新的かつスピーディーな意思決定が阻害されることがないよう、議決権は経営主体に集約しておくことが必要です。この点については、種類株なども活用しつつ、特別決議に必要な議決権を経営主体が維持しておくようにすることが望ましいと言えます。

④ 経営層、従業員のインセンティブ設計


 ストックオプションを経営層や従業員に与えることは、スタートアップを迅速かつ一丸となって進める上で有効な手法と言えます。
 ただ、ストックオプションは、その後の資本政策や税務面での影響を考慮しつつ、慎重に付していく必要があります。ストックオプションの付与が適切でなかったために、上場時の株価が下がってしまったり、ストックオプション行使時のオペレーションが煩雑となって会社の負担が増大したというようなことも、ありうるところです。
 ストックオプションの設計については、しっかりとした事前の準備と検討が必要です。

3.ミドル期の資金調達における課題


 少し事業が大きくなってきて、必要とされる資金需要も多くなってくるとともに、ステークホルダーも増えてくるミドル期には、さらに以下のような課題にきちんと対応しておく必要があります。

⑤ 企業価値向上を実現する体制の整備


 スタートアップの初期には、一人が何役もこなすゼネラリストが必要となりますが、ミドル期に至っては、「企業」としての実態とガバナンスを強化するため、専門的な人材による分業が必要となってきます。
 CFOについては、IPOが近づくにつれてファイナンスの専門知識が要求されるようになり、また、投資家とのコミュニケーションを密にする必要性も高くなることから、これらの機能を担えるCFOチームを組織することが必要となります。このCFO(チーム)に要求される能力や資質には様々なものがありますが、自社のカルチャーを理解し、尊重し、チームとして課題に向き合い解決することができる「カルチャーフィット」は重要な要素の一つと言えます。また、投資家や証券会社等の外部のステークホルダーと交渉できる柔軟性も要求されます。
 これらCFO以外にも、企業価値の向上、企業価値毀損のリスク回避、株主に対する説明責任の履行と投資の安全性確保といった目的を達成するため、会社内のガバナンス体制の構築が必要となります。ガバナンスの構築は、形式的なものにとどまらず、実質的に上記のような目的を達成できる、実態の伴ったものにすることが必要です。

⑥ 未上場時の幅広い資金調達手段の活用


 未上場時における資金調達手段としては、単なる投資家からの投資に限らず、多様な方法が存在します。返済義務はあるものの、会社経営の自由さが確保でき、IPO等の時点における不測の事態の発生を回避することができることから、借り入れや社債、劣後ローンなどのデット性のものを活用する事例も増えています。最近では、将来的な資金調達に着目して融資をするベンチャーデットと呼ばれる融資も増えてきています。
 また、エクイティ性のものの中にも、例えば社会的及び環境的インパクトに着目して出資を決めるインパクト投資も増加してきており、上場後も見据えると、SDGsやESG等の概念を織り込んだ事業戦略を立てることも重要となってきています。

4.レイターステージの資金調達における課題


 さらに事業が進み、IPOが視野に入ってくるタイミングでは、事業の成長を加速させるとともに、IPOに向けた様々な課題をクリアできる体制を作っていく必要があります。このステージでは、これまでのものに加えて、以下のような課題に取り組んでいく必要があります。

⑦ 成長に資する投資家の確保


 レイター期以降は、投資家層もVC中心から、事業会社やクロスオーバー投資家など、上場後も株式保有を継続する前提での投資家が増えてきます。また、IPO後は、機関投資家や個人投資家なども投資家層を形成することとなり、投資家との付き合い方にも一定の変化が出てくるところです。
 いずれにせよ、レイター期以降においては、IPO後も見据えた対応が必要となってきます。事業シナジーや販路拡大なども投資家に対して期待できるステージですので、そうした「自社が投資家に期待したいこと」を明確にした上で、かつ、経営の安定性を高めるためにも、多様な投資家の確保を図ることが重要と言えます。

⑧ 効果的なIPOプロセスの実行


 IPOを実行する段階では、まず主幹事証券会社を選定することになります。この主幹事証券会社の選定にあたっては、投資家への株式の販売力という点が重要なのは言うまでもありませんが、それだけではなく、①発行体の事業への理解、②成長ストーリーを描く力、③サポート力(公開引き受けチーム)といった観点からも、複合的に検討する必要があります。
 納得のいくIPOを実現するためには、証券会社とのかかわり方が重要です。ポイントとしては、①情報伝達や意思決定プロセスの透明性を主幹事証券会社と合意しておくこと、②証券会社に頼りきりにせず適切な交渉力を持つこと、③複数のオピニオンを確保すること(場合によっては共同主幹事証券会社を確保すること)、④証券会社とともに投資家に向き合い、投資家から適切なフィードバックを貰いながら進めること、などが挙げられます。
 実際のIPOの進め方については、様々な方法がありますので、証券会社からの提案をしっかりと理解しつつ、自社でもこれを検討し、証券会社と対話・交渉を行い、納得のいく方法で進めることが必要と言えるでしょう。

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