執筆者:弁護士・弁理士 原慎一郎
1.コーポレートガバナンス・コードの改訂
既にご存じの方も多いと思いますが、2021年6月11日、東京証券取引所がコーポレートガバナンスに関する主要な原則を取りまとめた、いわゆるコーポレートガバナンス・コードのうち16の原則について変更・新設する改訂が行われました。
特に、新設された次の2つの補充原則において、「知的財産」の文言が明記されることとなりましたので、既に上場している企業や今後上場を目指す企業に求められる対応とともにご紹介していきます。
■補充原則3-1③
上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。
特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。
■補充原則4-2②
取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。
また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。
2.コーポレートガバナンス・コードとは
コーポレートガバナンス・コードとは、「それぞれの会社において持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のための自律的な対応が図られることを通じて、会社、投資家、ひいては経済全体の発展にも寄与すること」を目的として、東証が「実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめたもの」をいいます。
企業は、新規上場申請時や上場後に変更が発生した際には、その実施状況に関する報告書(「コーポレート・ガバナンス報告書」)を提出しなければならないとされています。
なお、コーポレートガバナンス・コードは、基本的な性格として「プリンシプルベース・アプローチ」と「コンプライ・オア・エクスプレイン」方式を採用しており、抽象的な原則だけを定めそれを踏まえてどのように行動するかは各企業の判断に委ねられ、当事者としては、各原則をコンプライ(遵守)するか、コンプライしないのであればその理由をエクスプレイン(説明)すればよいことになっています。
もっとも、コーポレート・ガバナンス報告書において十分な情報開示がなされていないにもかかわらず「コンプライ」という判断を行えば、投資家からは不誠実な姿勢とみなされ、かえってネガティブな評価につながる可能性がある点には注意が必要です。
3.改訂コーポレートガバナンス・コードへの対応
⑴ 上場会社は、改訂後のコーポレートガバナンス・コードに対応したコーポレート・ガバナンス報告書を、遅くとも2021年12月末日(プライム市場上場会社向けの原則に関する実施状況については遅くとも2022年4月4日以降に開催される定時株主総会終了後)までに提出することが求められます。
上述した情報の「開示・提供」(補充原則3-1③)や取締役会による「監督」(4-2②)に関しては、他項目とのバランスからも詳細かつ具体的な情報を盛り込む必要は高くないと思料されますが、今後、具体的には以下のような観点から報告することが求められると考えられます(知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会「今後の知財・無形資産の投資・活用戦略の構築に向けた取組について~改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたコーポレート・ガバナンス報告書の提出に向けて~」令和3年9月24日参照)。
① 自社の現状のビジネスモデルと強みとなる知財・無形資産の把握・分析
・自社の経営にとってなぜ知財・無形資産が必要であるのか
・どのような知財・無形資産が自社の競争力や差別化の源泉としての強みとなっており、それがどのように現在及び将来の価値創造やキャッシュフローの創出につながっているのか
② 知財・無形資産を活用したサステナブルなビジネスモデルの検討
・これまでのビジネスモデルがサステナブルかどうか
・将来に向けどのようなビジネスモデルによって競争優位・差別化を維持し、利益率の向上につなげていくか
③ 競争優位を支える知財・無形資産の維持・強化に向けた戦略の構築
・どのような投資を行い、あるいはその損失リスクに対してどのような方策を講じていくか
・投資家・金融機関等に対して説得的に説明し、有意義な対話を進めていくための客観的な説明や定量的なKPIによる補強
④ 戦略を着実に実行するガバナンス体制の構築
・ガバナンスの仕組みが存在し、適切に機能していること
・関係部門の横断的かつ有機的に連携と取締役会による適切な監督
⑵ 具体的な事例
知的財産への投資等に関する情報の開示・提供については、いくつかの上場会社が自社サイトにおいて以下のような観点から情報発信を行っていますが、こちらも参考になると思われます。
① 行動指針の策定
② 世界での積極的な知財取得とその活用
③ 他社の知的財産権の尊重(パテントクリアリング)
④ 侵害者に対する正当な権利行使
⑤ 特許に関するオープンクローズ戦略
⑥ 知的財産制度に関する従業員教育の実施
⑦ 特許出願件数世界一位である中国や新興国(東南アジア、インド、ブラジルなど)での積極的な知的財産権取得
⑧ 知財部の設置
⑨ 取得した特許権の具体的内容の紹介
⑩ 職務発明規程の充実による発明の奨励
⑪ 保有知財件数の総数を提示
以上
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