執筆:弁護士 森 進吾
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情報技術の進歩に伴い、デスクワークを中心とする従業員の場合には、パソコンや携帯電話を通じていつでもどこでも労働を提供することができるケースがある。
このような従業員が、労働時間外において、パソコンや携帯電話を通じて労働を提供する場合、残業と認定すべきか、使用者は従業員に残業代を支払うべきかという問題につき、関連する裁判例を踏まえて、解説する。
【事案の概要】
李氏は、2019年4月1日にA社に入社して製品運営を担当し、A社と2022年3月31日までの固定期間の労働契約を締結した。
この労働契約では、標準労働時間制(1日8時間、週40時間)ではなく、不定期労働制度を採用する旨が約定されているが、A社は法律法規に従い不定期労働制度について労働行政部門の審査許可を受けなかった。
李氏は、退勤後の残業が140.6時間、休日の残業が397.9時間、祝日の残業が57.3時間に上ることを主張し、会社に残業代の支払を主張し、その証拠として、Wechat記録、「休暇中のコミュニティ公式アカウント当番表」などを提出した。
李氏が主張した残業は、Wechatや釘釘などのソーシャルメディアにおける同僚やクライアントとのコミュニケーションを指していたところ、訴訟において、A社は、李氏が運営部門の責任者であり、退勤後に用事がある場合に李氏へ電話することが残業にはならないと反論した。また、休日・祝日の残業につき、李氏が、Wechatグループに加入していたクライアントから質問された際に、簡単な返信のみの対応を行うことは、残業の範疇にはならないと反論した。
【判決結果】
一審:李氏のすべての訴訟請求を棄却する。
二審:(一)一審の判決を取り消す、(二)A社は李氏に2020年1月21日から2020年12月11日までの残業代計3万元を支払わなければならない。
【人民法院の意見】
一審判決(北京市朝陽区人民法院):
双方が労働契約において「不定期労働制度」の採用を約定したため、「平日及び休日の残業代の支払」に関する李氏の請求を支持することができない。
そして、「祝日残業」に関して、李氏は当番表のみを証拠として提出しているものの、この証拠に基づき、具体的な仕事内容、勤務時間数を証明することができないため、「祝日残業代の支払」に関する李氏の請求も支持することができない。
二審判決(北京市第三中級人民法院):
『中華人民共和国労働法』第39条によると、「企業が生産特徴に基づき本法第36条、第38条の規定を実施することができない場合、労働行政部門の許可を得た上、その他の仕事と休憩方法を実施することができる」と定めている。労働部の『企業が不定期労働制度と総合労働時間を実施することに関する審査方法』(労部発「1994」503号)によると、企業が不定期労働制度と総合労働時間を実施する場合、労働保障部門の審査を経なければならない。本件では、双方の労働契約において「不定期労働制度」を採用する旨が約定されているが、A社は法律法規に従い不定期労働制度について労働行政部門の審査許可を受けなかったため、双方の間で不定期勤務制が適用されているとは考えられない。
証拠によれば、李氏は、頻繁にWechatなどを利用して仕事関係のコミュニケーションをしており、A社が李氏に対して退勤後や休日に、李氏に仕事を手配したこともあった。
従業員がパソコン、携帯電話を通じていつでもどこでも労働を提供することができる場合、勤務場所は、従来のように、会社が提供するオフィス、事務所等に限定されない。このような場合、従業員は勤務時間外、またはオフィス外でWeChatなどのソーシャルメディアを利用して仕事を展開することが珍しくない。このような従業員の「隠れ残業」問題に対し、従業員がオフィスで勤務していないからといって残業を否定するのではなく、従業員が実質的な仕事を提供しているかどうかを総合的に考慮して残業状況を認定するべきである。労働者が労働時間外において、ソーシャルメディアを利用して一般的又は簡単なコミュニケーションの範疇を超えて実質的な労働を提供し、業務外の時間を明らかに業務で占有した場合は、残業と認定するべきである。
本件では、A社は、李氏の業務内容が休日にWechatグループを通じたクライアントからの質問に回答するのみであるため、残業と認定できないと反論しているところ、Wechatの記録によれば、李氏が退勤後・休日にソーシャルメディアを利用して従事した内容は簡単なコミュニケーションの範疇を超えており、そして「休暇中のコミュニティ公式アカウント当番表」によれば、A社が休日に李氏に仕事を手配したことを証明することができる。前記の仕事内容は周期的かつ固定的な特徴があり、臨時的又は偶発的な一般的なコミュニケーションと異なり、会社による管理の側面があるため、残業と認定すべきであり、A社は残業代を支払わなければならない。
残業時間及び残業代につき、ソーシャルメディアを利用した残業は、従来の残業と異なり、残業時間を客観的に定量化することが難しく、会社も客観的に把握することができない。本件では、残業内容はWechatグループを通じたクライアントからの質問に対する回答であり、労働者は残業と同時に他の生活活動もできるため、すべての時間を残業時間と計上するのが公平ではない。従って、A社が支払わなければならない残業代は、李氏の残業頻度、残業時間、残業内容及び賃金を総合的に考慮し、3万元と判断する。
【コメント】
一、本件は、「実質的に仕事を提供すること」及び「業務外の時間が明らかに占有されること」を「隠れ残業」問題の認定基準に挙げている。この基準を満たす場合には、従業員が労働時間外、またはオフィス外でWechatなどのソーシャルメディアを利用して仕事を展開した際には、人民法院によって残業と認定される可能性がある。
二、上記のように「実質的に仕事を提供する」及び「休憩時間が明らかに占用される」原則を「隠れ残業の有無」の認定基準とする考え方は、他の人民法院の判決においても、適用されている。
判決書番号:(2022)蘇0102民初13688号では、劉氏とあるホテルの「退勤後にソーシャルメディアを利用して仕事進捗を報告することが隠れ残業に属するか否か」という案件につき、人民法院は、非勤務時間に「オフライン」にしなかったことが残業に属するか否かという問題に対し、「オフィス」の概念をバーチャル化しなければならず、労働者が実質的に労働を提供し、休憩時間が明らかに占用された場合、残業と認定すべきと判断した。
そして、具体的な残業代金に関して、人民法院は、ソーシャルメディアを利用する残業とオフィスでの残業の違いを総合的に考慮し、残業代の金額を合理的に調整した。同判決によれは、劉氏が提供した記録では、劉氏が特定時間にメッセージを送り、コミュニケーションしたことが証明されたとしても、どの程度の時間、継続的に労働していた状態であるかは明らかではないため、残業時間を定量化することが難しいと判断したうえで、最終的に、劉氏の残業頻度、残業時間、残業内容及び給与を総合的に考慮して、残業代を2万元であると判断した。
三、従業員がソーシャルメディアを利用して頻繁に業務を行う企業の場合、また発生する可能性がある企業の場合には、従業員との紛争を引き起こすことを防ぐため、企業は、ソーシャルメディアを利用した残業時間の認定基準に関する内部管理制度を事前に設定することが望ましい。
【判決書番号:(2022)京03民終9602号】
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