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コラム

COLUMN

配偶者の居住権保護に関する相続法改正について

事業承継・相続・家族信託

2021.04.05

執筆:弁護士 小栁美佳

はじめに

 相続発生に伴って配偶者の居住権を保護する必要性が生じた理由について説明をするには、具体例を設けた方が分かりやすいかと思います。

<例>

  • 被相続人Aの相続人は、配偶者Bと子Cのみ(相続分は1/2ずつです。)。
  • 被相続人Aの遺産は、自宅500万円相当と、現金300万円。
  • 配偶者Bは、被相続人A死亡時に、上記自宅に居住していた。
  • 配偶者Bは、被相続人Aの死後も、自宅に住み続けたいと考えている。

※被相続人とは、亡くなった人のことをいいます。

 上記具体例において、配偶者Bと、子Cの仲が良く、自宅の登記を配偶者Bに移転したうえで、現金300万円も案分するといった遺産分割協議ができれば、何の問題も発生しません。

 対して、配偶者Bと子Cの仲が悪く、話し合いによる解決が困難であって法律に従った解決しかできないとします。そうすると、配偶者Bが自宅に住み続けるためには、自宅を取得し、その分の代償金を子Cに支払う必要があることになります。

 具体的には、

  • 相続分は、配偶者B、子Cともに(自宅500万円+現金300万円)×1/2=400万円
  • 配偶者Bが自宅500万円を取得する場合、上記相続分400万円を超過する100万円について、代償金として現金で子Cに支払う必要がある。

ということになります。

 しかし、このような結論では、配偶者Bは、自宅には住み続けられるものの、手元に現金が残らず今後の生活に不安が残るでしょう。

 もし、配偶者Bに代償金を支払う資金がなく、仲が悪い者同士の共有を避けるのであれば、自宅を売却せざるを得なくなります。しかし、売却をしても、相続するのは(売却益500万円+現金300万円)×1/2の400万円であり、配偶者の年齢にもよりますが、自宅もなく400万円しか残らないとすれば今後の生活に大きな不安が生じると思われます。

 さらに言えば、配偶者Bが高齢であれば、新しい住居を探すことも困難であると思われます。

 このような、被相続人が所有する建物に居住していた配偶者が、被相続人の死後、不安定な状況におかれることを防止するために新設されたのが、冒頭にあげた「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」です。

配偶者居住権について

 配偶者居住権は、相続発生時点(被相続人が亡くなったとき)に被相続人が所有する建物に配偶者が居住していた場合、引き続き当該建物全部について、配偶者が無償で使用収益することができる権利です。

 使用期間は、原則として配偶者が亡くなるまでの間です。後に述べる配偶者短期居住権は、要件となっている事実が存在すれば当然に発生する権利ですが、配偶者居住権は、先に述べた被相続人が所有する建物に配偶者が居住していたという事実だけではなく、

  1. 遺産分割協議・調停・審判
  2. 遺贈など

によって、配偶者に配偶者居住権を取得させることが必要になります。

 配偶者は、無償で使用することはできますが、遺産分割において、配偶者居住権の財産的価値分を配偶者が相続したものとして扱われることになります。

たとえば、上記具体例でいえば、

  • まず、配偶者Bが取得する配偶者居住権の価値を計算します。この計算方法は、細かい話になるので省きますが、仮に配偶者居住権の価値が200万円と算定されたとします。
  • そして、子Cが、200万円分の配偶者居住権の負担付き所有権を取得します。
  • そうすると、自宅の価値500万円は、配偶者居住権の価値200万円と、配偶者居住権付き所有権300万円にわけられることになります。
  • 残りの現金300万円については、配偶者B、子Cともに相続分計400万円にたりない額ずつ取得することになりますので、配偶者Bが200万円、子Cが100万円を取得し、結果、400万円相当分ずつ相続するという結論になります。

 配偶者居住権を取得した結果、配偶者Bは、現行法同様自宅に住み続けられるうえに、現行法であれば代償金を払うというマイナスが発生していたことに比べ、多くの現金を取得できます。

ただし、あくまで配偶者居住権は、配偶者による使用収益を可能とするだけで、第三者への譲渡などはできません(改正民法1032条2項)

 また、配偶者居住権は、登記をしていなければ、第三者に対抗できません(改正民法1031条)。したがって、上記具体例でいえば、子Cが、第三者に配偶者Bが居住する建物を譲渡し、第三者が配偶者Bに対し当該建物の明け渡しを求めてきた場合、配偶者居住権の登記がなければ、配偶者Bは、第三者に対し配偶者居住権を取得していることを(法律上)主張することができず、結果自宅から退去せざるを得ない事態となりますので、ご注意ください。

配偶者短期居住権について

配偶者短期居住権は、相続開始時に被相続人が所有する建物に無償で居住していた配偶者が、引き続き当該建物の使用していた部分について、以下①②の期間、無償で使用することができる権利です(配偶者居住権と異なり、収益はできません。)。

  • 配偶者を含む共同相続人間で遺産分割協議がなされる場合は、遺産分割により居住建物の帰属が確定した日もしくは相続開始日から6か月後かいずれか遅い日まで。

したがって、どんなに早く遺産分割協議が成立しても、相続開始日から6か月間は使用が保証されます。

  • 当該建物について配偶者を含めた遺産分割協議が不要の場合(遺贈、配偶者の相続放棄等により、当該建物が配偶者以外の者の帰属した場合)は、建物を取得した者が、配偶者に対し、配偶者短期居住権の消滅の申し入れをしてから6か月を経過する日まで。

したがって、配偶者は、建物の取得者から出て行ってくださいという旨の申し入れを受けるまでは使用を継続できますし、申し入れを受けてから6か月の間は、退去の準備をする猶予があることになります。

ただ、配偶者短期居住権は登記ができないため、法的に第三者に対し自己の権利を主張することはできません。そのため、仮に当該建物に抵当権が設定されていれば、たとえ配偶者短期居住権の使用期間内でも実行することができますので、どんな場合でも半年間居住することができるというものではありません。

とはいっても、配偶者居住権と異なり、遺贈や遺産分割等がなくとも当然の配偶者の権利として発生しますので、上記具体例でいえば、当該建物について配偶者B及び子Cの遺産分割協議が必要となり、遺産分割協議が長引いても、当該協議が成立して6か月間が経過するまでは住み続けることができますので、ひとまずは配偶者Bの生活の安定は保たれます。

最後に

 冒頭に述べたとおり、改正相続法のうち上記2つの権利を新設等にかかる条項は2020年4月1日から施行され、2020年4月1日以降にお亡くなりになった方の相続について、適用されます。したがって、現時点では改正民法に従った裁判例がなく、どのように配偶者居住権の価値を考慮するのかが定まっていません。配偶者居住権の価値について適正額より低く認定されれば、配偶者はより多くの現金を取得できますが、子の生活が不安定になりかねません。反対も然りですので、慎重に判断されなければなりません。

 また、上記具体例では、大まかに「自宅」と記載していますが、配偶者居住権、配偶者短期居住権ともに、発生するのは「建物」についてだけであり、「土地」には発生しません。

 しかし、土地の価値は、配偶者居住権付きの建物が存在しているか否かで、大きく変わります。

 そうすると、建物と、当該建物の敷地を同じ相続人が取得した場合であれば「自宅」についての負担付所有権の価値はいくらか、と土地建物をひとくくりで計算することができますが、相続人が配偶者のほか2人の子がいて、2人の子がそれぞれ建物と敷地を相続した場合、配偶者居住権付建物が建っている土地の評価はどうなるのか、法律関係が複雑になります。そのため、特に必要がない限りは、配偶者居住権を取得させる、もしくは取得が予想される建物と、当該建物の敷地を別々の人に相続させることは控えたほうがよいかと思います。

 このように様々な考慮要素が必要になりますので、遺産分割協議において配偶者居住権が問題になった場合のみならず、遺言で配偶者に配偶者居住権を取得させたいとお考えになっている場合も、弁護士に相談することをお勧めいたします。

(2020年1月執筆)

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