執筆:弁護士 安田裕明
1 はじめに
近年、多くの企業が導入している定額残業代制度ですが、平成26 年度のハローワーク求人実体調査では、約8 割もの求人が違法な運用をしているとの発表がありました。また、定額残業代制度を無効とする裁判例も年々増えています。そこで、本稿では、事業者様において、定額残業代制度を適切に運用していただくために、どのように制度設計すべきかについて解説したいと思います。
2 定額残業代のリスク
定額残業代制度とは、実際の残業時間に関わらず毎月定額の残業代を支払うというものです。残業時間が少なくても一定の残業代が支給されることから、従業員に効率よく仕事をさせるインセンティブが働きますし、定額残業代でカバーされる残業時間内であれば面倒な残業代の計算をしなくてもよく、会社にとって有用な制度だと思われます。
ところが、そのような有用性がある反面、適切に運用がなされていない場合には、会社は多大な負担を強いられるリスクがあります。すなわち、定額残業代制度が無効と判断されると、会社は残業代を支払っていないことになるため、最大で過去2 年間にさかのぼって残業代を支払わなければなりません。また、この場合、定額残業代として支給していた部分が基本給の一部とみなされ、残業代を算定するための基礎賃金が上がってしまうことにもなります。
3 制度設計
上記のようなリスクがあるため、会社としては、定額残業代制度が有効と判断されるために、きちんと制度設計をする必要があります。ただ、定額残業代制度の有効性について明確な判断基準はなく、裁判所により事案ごとに判断されているのが実情です。そのため、事前の策としては、過去の裁判例に照らし、有効と判断される確率を高めていくしかありません。そこで、以下では、かかる判断にあたって、特にポイントとなる点を指摘したいと思います。
(1)定額残業代とそれ以外の賃金との区別
定額残業代が基本給や歩合給、年俸等に組み込まれている場合に、その金額がわからなければ、労働基準法所定の計算に基づく最低金額を満たしているかどうかが判断できないため、無効と判断されやすくなります。
そのため、従業員が給与明細を見たときに、定額残業代の金額が一目瞭然の状態にしておくことが必要です。さらに言えば、通常残業代、休日残業代、深夜残業代についてそれぞれ手当を分けた上、定額残業代がこれらのどの残業代を補填する趣旨かを明確にした方が安全だといえます。
(2)精算する旨の合意及び実際の取扱い
定額残業代でカバーされている残業時間を超えて残業をした場合には、残業代を追加で支給しなければならないため、その差額が支払われる旨の合意が必要だと考えられています。ただし、そのような合意があったとしても実際に追加支給されていないのであれば、無効と判断されるリスクがあります。
そのため、まずは、就業規則や賃金規程にかかる精算の仕組を盛り込むことが必要です。その上で、タイムカード等により残業時間を算出し、定額残業代でカバーされている残業時間を超えた部分は追加で支給するという取扱いを確立しておくべきです。
(3)その他の判断要素
定額残業代が労働時間以外のファクターで変動するような場合(例えば、前年度の成果によって変動する場合)には、その実質は残業代ではなく、無効となるリスクがあります。他にも、定額残業代に相当する時間数が明記されていないことを理由に、無効と判断されたケースもあります。
4 最後に
定額残業代制度の導入時には、労働コストの総額を適切に管理するため、あわせて基本給部分の賃金制度の見直しを行うことが多いかと思います。その際には、上記のような点も踏まえ、しっかりとした全体の制度設計をされることをお勧めいたします。
(2016年7月執筆)
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