執筆者:弁護士 小栁美佳
国際間での子の移動について定めた「ハーグ条約」(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)についてご紹介します。
日本はこの条約に加盟しており、国内法も整備されています。この条約と国内法により、例えば、条約締結国である米国において生活していた日本人夫婦と子について、母が、父の同意を得ないまま子を連れて日本に帰国してそのまま子を米国に戻さない場合(連れ去り)や、父と約束した期限を過ぎても日本に子を留め置き米国に戻さない場合(留置)に、父が日本の裁判所において子を米国に返還するよう求める手続を申し立てれば、日本の裁判所は、原則として母に対し、子を米国に返還するよう命じる決定を出すことになります。
返還により子に身体的又は精神的危険がある、子自身が返還を拒否している、連れ去りや留置から一年以上経過し子が新しい環境になじんでいる等の返還拒否事由に該当すれば返還命令は出されませんが、裁判所は返還拒否事由に該当するかどうかを厳しく判断します。
また、申立から裁判所が返還について決定を出すまでの期間は原則6週間以内とされていますので、ごく短期間に複数回審理が行われますし、その間、和解的解決をするための調停も複数回実施されることもめずらしくありません。当事務所にご依頼をいただいた際の経験から言えば、申立人側(上記の例でいえば父)、相手方側(上記の例でいえば母)いずれにとっても、非常に負担が大きい手続といえます。
ハーグ条約は、子を、連れ去りや留置前に生活していた常居所地国(上の例でいえば米国)に返還することを求めるものですから、裁判所が返還命令を出した場合でも、その内容は、子を常居所地国に戻すことであって申立人側に引き渡すことではありません。ですから、子の返還命令が出た場合でも、相手方側が子を連れて常居所地国に入国すれば、命令通りの履行をしたことになります。
しかし、国によっては、親権者であっても他方親権者の同意なく子を国外へ連れ出せば誘拐罪等に問われることもあるので、そのような国が常居所地国であった場合は、返還命令が出たからといって、子を連れ出した相手方側が子を連れてその国に入国することは容易ではないでしょう。
親権者が、他方親権者から同意を得ずに子を連れて日本に帰国したり、子を日本に留置するには当然相応の理由があることが推察されますが、上記のとおり子の返還を求められた場合は大きな紛争となること、子に短期間で複数回国境をまたぐ移動を強いる結論となる可能性があることにご留意いただく必要があります。
逆に、日本に子を連れ去られたり、子を留置されてしまい、常居所地国への返還を求めたい親権者としては、早期に裁判所に返還を申し立てる必要があります。具体的には、連れ去った日もしくは留置の日から一年を経過すると、返還拒否事由に該当して返還が認められなくなる可能性があることにご留意いただく必要があります。
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