執筆者:弁護士 森 進吾
フォーリンアト―二― 张 靖婧
フォーリンアト―二― 夏 惜墨
中国「個人情報保護法」の正式施行に伴い、不正が疑われる際の社内調査における従業員の個人情報の取扱いと、コンプライアンス上の問題はさらに重要になっている。社内調査において、会社は、従業員の個人情報を取り扱わざるを得ないからである。
会社は、不正が疑われる従業員を調査しようとする場合、まずその従業員が保有している会社設備(会社用パソコン、会社が発行する携帯及びタブレット、会社用メールボックス、会社のソフトウェアなど)を調査して不正に関する証拠の有無を確認することが多い。ただ、実務上、業務目的ではなくプライベート目的で会社設備を使用する従業員も一定数は存在する。
この場合、会社が従業員の個人的な同意を得ずに自社従業員の不正関連調査を実施し、会社設備を通じて当該従業員の個人情報を取得した場合、プライバシー侵害とみなされるだろうか。
言い換えれば、従業員の個別同意を得ずに、会社が雇用管理権限を用いて従業員の個人情報を取得して不正の証拠を発見した場合、当該情報を懲戒処分等の証拠として採用することができるのか。今回、会社が取得した従業員の個人情報にかかる証拠の正当性につき、以下の2つの裁判例を取り上げて解説する。
【裁判例1】 [1]
馮氏はA社の人事部長である。A社は、馮氏による不正行為の有無を確認するため、馮氏の許可を得ずにその会社用パソコンを通じて写真や個人日誌などの個人情報を含めて内部監査を行った。その監査によって得られた情報を元にして、A社は、馮氏が会社就業規則等の著しく違反したことを理由として労働契約を解除した。馮氏は、会社がプライバシー権を侵害することを理由として訴訟を提起した。
人民法院は、A社が内部監査を行って証拠を取得したパソコンは個人用パソコンではなく、会社用パソコンであり、A社は会社用パソコンに対して所有権と管理権を有している。また、A社が馮氏の会社用パソコンを監査して証拠を得る過程では、すべてのパソコン資料を複製することなどは当然であり、馮氏は写真や個人日誌を保管すべきではない……よって、A社が企業内部監査を目的として会社用パソコンを監査する行為は、雇用者の雇用管理権の範疇に属するものであり、従業員が会社用パソコンに個人写真やその他の個人情報を保管している場合、会社による会社用パソコンの検査と管理を拒否するという抗弁は支持されないと判断した。
【案例2】[2]
馬氏はB社の人事部長であり、すでに2回労働契約を締結した。2020年12月29日、B社は、馬氏が会社就業規則に対する重大な違反をしたことを根拠にして、労働契約を更新しないことを決定した。その後、馬氏は、B社に対し、無固定期限労働契約(無期契約)の締結を要求したものの、双方で合意が成立しなかったことから、B社の違法解雇を理由として訴訟を提起した。
B社は、馬氏が会社就業規則等に2回違反し、契約不更新の条件に合致すると主張した。また、前記主張を証明するために、B社は、馬氏と同僚のウェイチャット(Wechat)における個人間のチャットに記録された情報のスクリーンショット(以下、「個人チャットのスクリーンショット」という。)などの証拠を提出した。ただし、B社は、その個人チャットのスクリーンショットを、会社が馬氏に貸与した会社用パソコンの中から、削除データから復元して取得していた。
人民法院は、本件の争点である、B社が労働契約を更新しないという決定が合法であるか否かは、実質的にB社が馬氏の就業規則に違反したという証拠が十分であるか否かという問題であると述べたうえで、B社は、馬氏と同僚の個人チャットのスクリーンショットを証拠にしているものの、当該証拠の取得の正当性を証明・説明することができないとして、当該証拠を採用しなかった。そのため、B社が馬氏の無固定期限労働契約の更新を拒否した行為は、違法であると判断した。
また、個人チャットのスクリーンショットの合法性に関して、一審人民法院は、以下の観点を示した。個人チャットのスクリーンショットは、会社用パソコンの削除されたデータから復元して取得したものであるところ、この個人チャットのスクリーンショットは、馬氏の個人情報に該当する。そのため、会社による当該個人情報の復元・収集については、自発的かつ明示的な馬氏の同意が必要である。それにもかかわらず、B社が無断で復元し、社内懲戒処分の根拠にした行為は、馬氏の個人情報の不正使用に該当し、個人情報保護の基本理念にも違反している。
【コメント】
上記二件の裁判例は、いずれも、会社が従業員のコンプライアンス性を調査するために従業員の会社設備(社内用パソコン)から従業員の個人情報を取得した事案である。
1件目は、個人情報法の施行前の裁判例である。当該裁判例によると、社内用パソコンに保存された従業員個人情報をコピーすることが会社の管理権に該当し、証拠として採用することが認められている。2件目は、個人情報法の施行後の裁判例である。当該裁判例では、会社は、既に社内用パソコンから削除した従業員個別チャット記録のデータを無断に回復する行為は従業員のプライバシー権を侵害、当該従業員のプライバシー権を侵害して取得した情報は証拠として採用できないと判断した。
この点からすると、現状では、社内用パソコンにおける従業員個人情報を調査する場合、従業員の個人同意を取得することが望ましい。
上記の裁判例を踏まえると、会社が社内調査を実施する際には、以下の点に留意されるべきである。
- 中国個人情報保護法第13条1項第2号に基づき、労働規則制度を確立し、従業員の個人情報処理に関する規則を明確にすべきである。また、これらの規則は、従業員代表大会又は従業員全体の討論、公示などの法定手続きを経なければならず、かつ従業員個人情報の処理は「人的資源管理の実施に必要」な範囲で行わなければならない。
- 社内用パソコンであっても、削除されたデータの中から個人チャットの記録を復元して内容を確認する行為は、事案によって、「人的資源管理の実施に必要」の限度を超えていると評価される可能性があること[3]を考慮し、中国個人情報保護法第13条1項第1号に基づき、会社が従業員個人チャットの記録を調査する際には、事前に従業員個人の明示的な同意を取得するために書面におる個別同意を取得することがより望ましい。
[1] (2013)高新民初字第3673号
[2] 一審:(2021)京0106民初21840号、二審:(2022)京02民終1072号
[3] 《用人单位能否恢复公司电脑中离职员工的聊天记录?丨威科先行》(https://mp.weixin.qq.com/s/e85smU3aMfyMamR8UwrL6Q )
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