執筆者:弁護士 森 進吾・フォーリンアト―二― 徐 啓楠
中国の民事訴訟法の改正案は、2022年12月27日に全国人民代表大会常務委員会に提出され、同月30日にパブリックコメント募集手続が開始された。
この民事訴訟法の改正案では、様々な改正の方向性が見て取れるところ、本稿では、日本企業への影響が特に大きいと思われる、外国事業者と中国消費者の紛争に関する裁判管轄について紹介する。
1、改正案の内容
今回の民事訴訟法改正案第15条では、外国に関連する消費者紛争の裁判管轄に関する規定が新設される予定である。
「第15条:(1条増加、第280条になる)消費者が、中華人民共和国の領域内に住所を有しない事業者または事業者の支店に対して訴訟を提起する場合、消費者の住所が中華人民共和国の領域内にあるときは、その住所地の人民裁判所の管轄権を行使することができる。
事業者が消費者と裁判管轄契約を締結するためにフォーム条項(約款条項)を使用し、合理的な方法で通知または説明する義務を果たさない場合、消費者は条項が成立しないことを主張することができる。消費者は、管轄権協定に基づく手続きを行うことが明らかに不便である場合、当該条項が無効であると主張することができる。」
2、司法判断の変化
越境EC事業者は、ウェブサイト上で公開する利用規約において、消費者と紛争管轄について約定するのが一般的である。例えば、AMAZONの約款は、「Amazon.com」から商品を購入する場合、準拠法は米国法であり、紛争解決方法は米国仲裁協会による仲裁と規定する[1]。「天猫国際ユーザーサービス契約」では、「本契約違反、本契約の有効性及び終了を含む、本契約に起因または関連するすべての紛争、論争または請求は、仲裁通知の提出時に有効な香港国際仲裁センター機関の仲裁規則に従い、香港で仲裁により解決されるものとする」[2]と規定する。中国国内消費者と紛争が発生した場合、このような裁判管轄条項に関する合意の有効性が争点となることが多い。
この問題に対して、中国の裁判所は、統一的な見解を示していなかったものの、2021年7月の判決を契機として、一定の判断傾向が示されている。
①2021年7月よりも以前の判決の傾向
2021年7月までに、海外企業は、黒塗りや太字のフォントによって、消費者にウェブサイトの利用規約を注意喚起している場合には、一般的に、裁判所は、管轄協定に関する合理的な通知義務を果たしていると判断し、海外での訴訟・仲裁を約定する条項を認める傾向にあった。
例えば、天津市の裁判所が2021年に、「問題の条項は青字で、クリックすると黒の太字で『適用法、紛争解決、適用される使用条件』と表示される。…以上の事実から、相手方は原告に注意を促すために妥当な措置をとっていたとみられる。契約によると、本件紛争は米国仲裁協会に提出され、仲裁を行うべきとされている。したがって、本件は人民法院が認めた民事訴訟の範囲に属さない。」[3]と判示した。
また、浙江省杭州市の裁判所は、2020年の終結された裁判において、当該条項が「黒色の大きな文字で『適用法、紛争解決、適用される使用条件』を具体的に示していた。原告の授権と注文行動は、適用法および紛争解決条項について被告と合意に達したことを示し、被告は管轄条項について原告に目立つように提示していたとみられる。…したがって、この紛争はルクセンブルク市地方裁判所で解決されるべきであり、当裁判所には本件に関する管轄権はない。」[4]と判示した。
②2021年7月以降の状況
しかし、最近では、このような管轄権の規定の効力について、裁判所の判断傾向に変化が見られる。2021年7月、北京インターネット法院が審理した情報ネットワーク売買契約に関する紛争において、裁判所は、①当該条項は、消費者救済を求める権利を不当に制限するものであり、②当該条項を排除しても事業者のコストを不当に増加させるものではないという二つの理由で、「中国の消費者を主な対象とする当該ウェブサイトでは、管轄裁判所をルクセンブルク市の裁判所と約定されているところ、この約定は取引当事者双方の権利義務を確定する公平の原則に違反し、消費者の主要な権利を不当に制限し、原告も明示的に不同意であるから、本件裁判管轄条項は無効であるべきである。」[5]と判示した。
当該判決は、事業主が消費者にウェブサイトの利用規約を注意喚起していたとしても、海外裁判管轄条項を無効と判示した判断であり、以前の裁判所の判断傾向とは違いが見られる。更に、当該判決は、2022年度の全国裁判所の優秀判決に選ばれた。
その後、2021年12月31日に公布された「外国に関わる商事海事裁判業務に関する全国裁判所会議議事録」第3条[6]は、オンライン電子商取引の管轄規定の有効性の判断について、同判決とほぼ同様に、以下のとおり規定している。
「第3条 オンライン電子商取引プラットフォームが消費者と越境オンライン購入契約を締結するためにフォーム条項を使用し、契約書に含まれる管轄条項について消費者の注意を引くための合理的な措置を取らなかった場合、消費者が民法典第496条に基づき管轄条項が契約の一部と成立しないと主張した場合、人民法院はその主張を支持しなければならない。」
3.分析
今回の改正案は、2021年7月以降の実務状況を踏襲するものと考えられる。
この改正案により、事業者と海外で訴訟や仲裁を行うことに合意があっても、裁判所が「消費者が管轄権合意に基づき訴訟を起こすことは明らかに不便である」と判断した場合には、合意した管轄権条項を無効になる可能性がある。そうすると、特定の事件における裁判所の管轄は、消費者にとって管轄合意に基づいて訴訟を起こすことが便利かどうかという主観的な判断に大きく依存することになり、客観的な基準に乏しく、契約成立時の消費者と事業者の合意した意図に反することになる。
ただし、今回の改正案を踏まえても、外国の裁判所や仲裁機関の管轄が全て排除されることになるのか、また、どのような場合に消費者にとって管轄権協定が明らかに不便であると評価されるのかは不明確な部分もある。
本論点は、越境ECビジネスに関与する日本企業にとって大きな影響を与えると考えられるため、民事訴訟法の改正案の動向には注視する必要がある。
[1] https://www.amazon.cn/gp/help/customer/display.html?ie=UTF8&nodeId=202045290
[2] https://rule.tmall.hk/rule/rule_detail.htm?spm=0.0.0.0.UITu3t&id=1521&tag=self
[3] 天津自由贸易试验区人民法院(2021)津0319民初1479号民事裁定书
[4] 杭州互联网法院(2019)浙0192民初8526号民事裁定书
[5] 北京互联网法院(2020)京0491民初10912号民事裁定书
[6] 中文原文:「全国法院涉外商事海事审判工作座谈会会议纪要」第3条:网络电商平台使用格式条款与消费者订立跨境网购合同,未采取合理方式提示消费者注意合同中包含的管辖条款,消费者根据民法典第四百九十六条的规定主张该管辖条款不成为合同内容的,人民法院应予支持。
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