コラム

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中国において、著名な外国の地理的名称(ミラノ)の商標登録を認めた裁判例について

国際ビジネス

2023.01.13

執筆者:弁護士 森 進吾

【はじめに】

 日本の商標法では、ある商標が、国内外の地理的名称(国家、首都、行政区画(都道府県、市町村等)、州、繁華街、観光地、山岳、河川公園等)からなる場合、その商標が使用されている商品又はサービスの消費者が、その地理的名称の表示する土地において指定商品が生産・販売され又はサービスが提供されているであろうと一般に認識するときは、商標登録を受けることができない(日本商標法3条1項3号)。

 本論点との関係で著名な日本の事件としては、コカ・コーラ社のコーヒー飲料のブランド名である「GEORGIA」(ジョージア)の商標登録をめぐって争われた裁判例がある。

 この点、中国の商標法でも、「県級以上の行政区画の名称又は公衆に知られている外国地名は、他の意味を持たない限り商標として使用できない」旨を定めている(中国商標法10条2項)。また、「商標に商品の地理的表示が含まれ、当該商品がその表示に示された地域に産地とするものではなく、公衆を誤認する場合は、登録を認めず、かつ、その使用を禁止する」旨も定めている(中国商標法16条1項)。

 このような中国商標法の原則にもかかわらず、近時、“Milan”(ミラノ)の中国語表記に当たる“米兰”の登録商標(出願日:2010年1月4日、登録番号:7966421、以下「本件商標」という。)の有効性について、中国国家知的財産権局(日本の特許庁に相当する組織)が有効性を一旦否定したにもかかわらず、北京市高級人民法院がその判断を覆した事案[1]があるため、本コラムで紹介する次第である。

≪本件商標≫

【事案の概要】

本件商標は、“米兰” という文字商標であり、撮影や翻訳等のサービスを指定サービス(第41類)として、2010年1月4日に出願され、2012年4月7日に登録された。

なお、商標権者[2]は、本件商標よりも10年以上前である1997年に下記の商標(登録番号:1247872、以下「先行商標」という)を出願して、1997年に登録を受けていた[3]

≪先行商標≫

 商標権者は、1994年にウエディングドレス撮影のサービスを開始しており、現在、江西、湖南、海南、アモイ、江蘇、広東、安徽、山東、四川等の複数の地域において、直営店やフランチャイズ店舗を運営している。また、2012年から2017年までの間、各年の年収はいずれも6000万元(約12億円)以上であり、その売上の主要なビジネスは“米兰”ブランドによるウエディングドレス撮影であった。

 また、商標権者は、2011年から2020年までの間、中国における主要なインターネットプラットフォームにおいて“米兰”ブランドを広告宣伝しており、その広告費用は、1000万元(約2億円)を超えていた。加えて、中国国内における複数の新聞・雑誌メディアにおいても、“米兰”ブランドが報道されていた。

 更に、商標権者は、中国の江西省の行政機関から、「撮影」サービスの分野において、“米蘭”が江西省での「著名商標」である旨の認定を受けていたほか、関連業界から「中国撮影優良店」などの複数の表彰を受けていた。

 以上のような状況であったものの、ある中国企業が本件商標に対して無効宣告を要求して中国国家知的財産権局に申し立てたところ、中国国家知的財産権局は、商標法10条2項違反を根拠にして、2020年10月29日に無効宣告を下した。

 商標権者は、この中国国家知的財産権局の裁定に不服があるとして、北京知的財産権法院に対して行政訴訟を提起したものの、北京知的財産権法院は、2021年6月24日に、“米兰”という文字商標はイタリアの有名な土地の名称であり、「公衆に知られている外国地名」に該当し、本件商標の全体的な構成要素を踏まえても、地名以外の意味を形成しているわけではないとして、同じく商標法10条2項に違反すると判断した。なお、先行商標が存在するからといって、その延長で本件商標を登録することもできないと判断した。

 商標権者は、この北京知的財産権法院の判決に不服があるとして、北京市高級人民法院に上訴した。

【北京市高級人民法院による判決の趣旨】

 北京市高級人民法院は、2021年11月21日、次のような判断を行った。

 中国の商標法は、県級以上の行政区画の名称又は公衆に知られている外国地名は、他の意味を持たない限り商標として使用できないと定めているところ、この規制の趣旨としては、①地理的名称という公共資源を商標権者に独占させることを避けること、②一般公衆による商品の産地に関する誤認を避けることなどが挙げられる。

 このような趣旨に照らすと、係争商標を全体的に見て、地理的名称を示す以外に別の固有の意味を持つ場合や、使用を通じて関連する一般公衆に周知されている二次的意味を獲得している場合には、中国商標法16条1項にいう「他の意味」を持つことになり、登録が可能である。原審が商標の使用や広告宣伝による周知性に関する証拠を検討せずに判断している点は、法律適用に誤りが存在する。

 本件では、商標権者による“米兰”ブランドのウエディングドレス撮影サービスは、1994年に開始され、現在は多くの地域において直営店やフランチャイズ加盟店が100店舗余り展開されており、主要業務の収入は年間6000万元を超え、その広告は各インターネットプラットフォームやラジオ・テレビで展開され、多くの新聞雑誌等のメディアでも報道されている。更に、中国の行政機関から著名商標として表彰されており、ウエディングドレス撮影サービスの業界では、高い知名度を獲得している。更に、商標権者が早期に先行商標の登録を受けていたことからすれば、イタリアの都市ミラノを悪用するという商標権者の主観は十分に立証されていない。

 以上を踏まえると、本件商標は、撮影等のサービスとの関係では、地名以外の二次的意味を獲得しているといえる。ただし、翻訳等のサービスとの関係では、事実及び法的根拠が不十分であるため、原審の判断を維持する。

【若干のコメント】

 本件の裁判例に従えば、中国における地理的名称の商標登録に関しては、継続的に使用されて周知性を獲得し、一般公衆との関係で二次的意味を獲得している場合には、登録が可能になる場合がある。この判断にあたっては、使用期間(本件では約30年間)、使用の態様(中国国内の多くの地域において直営店やフランチャイズ加盟店が100店舗余り展開)、売上実績(年間約6000万元)、広告宣伝の態様、行政機関や業界団体からの表彰実績等の事実関係が重視されていると考えられる。

 このような判断基準は、商標自体には識別力がないものの、当該商標の使用によって商標として登録が可能になる場合(中国商標法11条2項)の判断基準に類似しているように思われるが、この点は、今後の中国の審査実務等を注視する必要がある。

 また、本件の裁判例は、日本企業が中国において日本の地理的名称を含む商標を出願する際に参考する価値があると思われる。

 なお、最高人民法院は、本件の裁判例を、2021年の年間知的財産模範訴訟50選の1つとして選出している[4]


[1] 北京市高级人民法院(2021)京行终6471号行政判决书

[2] 本件商標の商標権者は、「江西米兰婚纱摄影有限责任公司」である。ただし、同企業は、2019年に本件商標の譲渡を受けており、この譲渡前の商標権者は、「新余市仙女湖爱情岛旅游有限责任公司」である。この2つの中国企業は、各経営者が親族関係にあり関連性が強いため、本コラムでは、便宜的に、一体として扱うものとする。

[3] “米兰”は中国語簡体字であり、その繁体字が“米蘭”である。

[4] https://www.court.gov.cn/zixun-xiangqing-355881.html

 「2021年中国法院50件典型知识产权案例」の47番

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