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COLUMN

中国、反スパイ法(スパイ防止法)の改正と留意点

国際ビジネス

2023.07.12

執筆者:弁護士 森 進吾、 弁護士 吉田幸祐

中国では、2023年7月1日に、改正された反スパイ法(原文:反间谍法、スパイ防止法と訳されることもありますが、本コラムでは以下「反スパイ法」といいます。)が施行されています[1]

反スパイ法は元々2014年に施行されていたところ、報道によれば、日本人だけでも既に17名が拘束されとのことであり[2]、また、今年3月には大手製薬会社の中国現地法人の日本人社員が反スパイ法違反の容疑で拘束されたことも記憶に新しいかと存じます[3]。今回の改正によって、同法によるスパイ行為の摘発がより強化される可能性があります。

そこで、本稿では、今回の改正反スパイ法の要旨とその留意点について解説いたします。

なお、以下に掲載する条文は、断りのない限り、改正後の反スパイ法の条文を指します。

1.反スパイ法の改正要旨

1 「スパイ行為」の定義の拡大

反スパイ法は、「スパイ行為」の定義規定を設けているところ、今回の改正によって、「スパイ行為」の概念が拡大されました。

改正前の反スパイ法は、概ね、スパイ行為に該当する行為として以下の5項目を挙げていました。

【改正前のスパイ行為の概要(改正前の反スパイ法38条)】

① スパイ組織及びそのエージェント(原文:代理人)が中華人民共和国の国家安全保障に反する活動を行うこと

② スパイ組織への参加又はエージェント任務の請負

③ 国家機密[4]又は国家情報の窃取、偵察、買収、又は不法に提供する活動等

④ 敵のために襲撃目標を指示する行為

⑤ その他のスパイ活動を行うこと

 

この点、改正後の反スパイ法では、上記の対象行為が次の下線部のとおり拡大されました。

【改正後のスパイ行為の概要(改正後の反スパイ法第4条)】

① スパイ組織及びそのエージェント(原文:代理人)が中華人民共和国の国家安全保障に反する活動を行うこと

② スパイ組織への参加、エージェント任務の請負又はこれらに頼ること

③ 国家機密又は国家情報そのほかの国家の安全と利益に関する文書、データ、情報及び物品の窃取、偵察、買収、又は不法に提供する活動等

国家機関、国家機密にかかわる組織又は重要情報インフラ等に対するサイバー攻撃、侵入、妨害、コントロール、破壊等を実施する活動

⑤ 敵のために襲撃目標を指示する行為

⑥ その他のスパイ活動を行うこと

すなわち、改正前の②に関し、スパイ組織への参加又は任務の請負に加えて、スパイ組織を「頼る」行為(原文:投靠)についても、スパイ行為に含まれることとなりました。

この点に関して、「スパイ組織」とは、外国政府又は国外の敵対勢力が、中国の政治、経済、軍事等の方面における国家機密若しくは情報を収集するため、又は中国に対して転覆、破壊等の活動を行い、中国の国家の安全と利益に危害を及ぼすために設立された組織を指し、また、「スパイ組織のエージェント」とは、スパイ組織又はその構成員の指示、委託、資金提供を受け、自ら又は他者をそそのかし、指図して中国の国家安全に危害を与える活動を行う自然人を指すとされている[5]

また、改正前の③に関し、元々保護の対象となっていた「国家機密又は国家情報」に加えて、「国家の安全及び利益に関する文書、データ、情報及び物品」が新たに保護の対象に加えられました。ただし、肝心の「国家の安全と利益」の定義は明確にされていません。この点に関し、「政治の安全、国土の安全、軍事の安全、経済の安全、文化の安全、社会の安全、科学技術の安全、情報の安全、生態系の安全、資源の安全、核の安全、バイオセキュリティの安全などを含む」とも言われており[6]、そうすると、幅広い情報又はデータが改正後の③の対象になる可能性があります。

更に、改正後の④に関して、近年盛んになっているサイバー攻撃を踏まえ、「国家機関、国家機密にかかわる組織又は重要情報インフラ等に対するサイバー攻撃、侵入、妨害、コントロール、破壊等を実施する活動」が新たにスパイ行為に盛り込まれました。

なお、「スパイ組織又はそのエージェントが、中国領域内で、又は中国の市民、組織、その他の状況を利用して、第三国に対するスパイ活動を行い、中国の国家安全を危うくする場合」にも反スパイ法が適用されることが明確化されました(第4条2項)。

(2) 国家安全防止措置実施の義務化

改正された反スパイ法は、スパイ行為から国家の安全を守るための規制について独立した章(第2章)を新たに設けており、国家機関、民間組織、企業、その他の社会組織等に対し、反スパイにかかる安全防止につき、次のような責任を課しています。

ア 教育措置にかかる義務

国家機関、民間組織、企業、その他の社会組織等は、構成員に対して国家の安全を保護するための「教育」を行い、スパイ行為を防止、阻止するための組織作りをする(構成員を動員し、組織する)ことが求められています。また、地方各級の人民政府又は関連する業界主管部門は、その職責分担に応じて、当該行政区域又は業界において反スパイ安全防止業務を管理する旨が定められています(第12条)。

さらに、政府は、反スパイ安全防止重点組織管理制度を構築し、反スパイ安全防止重点組織であると告知された場合[7]には、組織内において反スパイ安全防止業務制度を構築・実施することが要求され(第17条1項)、職員の教育管理、離職者への監督検査の義務などを規定しています(第18条~20条)。

そのほか、報道、ラジオ、テレビ、文化、インターネット情報サービス等の部門に対しては、地域社会に焦点を当てた反スパイの宣伝と教育を実施するよう求めています(第13条2項)。

イ 通報義務

いかなる個人又は組織も、スパイ行為を発見した場合には、直ちに、公安機関その他の国家安全機関に通報しなければならないとの義務も明記されています(第16条)。

 

ウ 是正命令

万一、企業等の社会組織が反スパイ法に規定するスパイ活動防止義務を履行しない場合、国家安全機関は当該社会組織等に対して是正を命ずることができ、これに応じない場合、責任者の事情聴取や上級主管部門への通報を行う旨が定められています。そして、状況が深刻な場合には、責任を負う指導者及び直接責任者に対し、関連部門が法に基づいて処罰することができる旨を定めています(第56条)。

(3) スパイ行為の調査・処分措置の強化

国家安全機関・同職員によるスパイ防止業務を円滑に実行するための権限についても、細かく規定されました(第3章、第4章)。

代表的なものを列挙すると、スパイ防止業務にあたって、身分証検査、事情聴取、所持品検査、関係すると考えられる個人又は組織の電子設備・施設・関連するプログラム・ツール等の検査、差押、留置、情報・物品等の調査収集、反スパイ法違反者の召喚・尋問・取調べ、嫌疑のある者への身体・所持品等の検査、財産情報の照会、関連施設・会社等への立入り、出入国禁止等の措置が定められています(第24条~第45条)。

更に、国家安全機関の法に基づくスパイ行為の調査においては、郵便、宅配便等の物流業者、通信業者、及びインターネットサービスプロバイダは、必要な支援と協力を提供しなければならない旨が新たに定められました(第41条)。今後、この規定を法的根拠に、国家安全機関によるスパイ行為の調査として、通信の傍受やウェブ閲覧履歴の情報開示請求などがされる可能性があります。

(4) 法的責任の明確化

反スパイ法では、スパイ行為が犯罪を構成する場合は刑事責任を追及し、犯罪を構成しない場合は警告又は15日以下の行政拘留の処罰のほか、罰金処分を課すことができる旨を定めています。

この点に関連して、今回の改正によって、スパイ行為に関わる軽微な違法行為に対する行政処罰の範囲が広げられており、行政拘留又は罰金に加えて、営業停止、ライセンスの停止又は取消しなど、処罰の種類を追加されています。また、他人のスパイ行為に対する幇助をした場合の法的責任も明記されています(第54条)。

そのほか、外国の人員が本法に違反した場合については、国家安全主管部門は期限付出国命令を出し、かつ、入国不許可の期限を決定することができる旨を規定しています(第34条、第66条)。

2.  反スパイ法の留意点

以上のような今回の反スパイ法改正を踏まえた留意点として、次のようなものが考えられます。

(1) スパイ行為の範囲の不明確性

まず、スパイ行為の範囲の不明確性が挙げられます。保護の対象として「国家の安全と利益に関する文書、データ、情報及び物品」が今回の改正で新たに追加されたものの、この中には政治の安全や文化の安全が含まれる可能性もあり、その具体的な範囲が明確ではありません。

また、対象となるスパイ行為は、中国に直接的に関係するもののみならず、それ以外の第三国に対するものであって、その結果として中国の国家安全に危害を及ぼすものも含まれます(第4条2項)。 

(2) 日系中国企業における 国家安全防止措置の履行の必要性

前述の中国国内の企業に課された安全防止措置実施にかかる義務を遵守するという観点からは、スパイ行為の範囲が不明確である点も踏まえて、日系中国企業では、スパイ行為の防止に関するコンプライアンス体制を構築することが考えられます。

具体的には、スパイ行為に関する社内での防止措置や対策組織を設置する等の方針や、スパイ行為が疑われる事案が発生した場合の対応等についてあらかじめ定めておくことが考えられます。

また、業種やビジネスの内容次第では、従業員に対する反スパイ法、スパイ行為防止のための社内教育、研修の実施も検討するべきです。

(3) 中国国外の企業・個人への適用可能性

また、反スパイ法は、日本国内の企業、個人に適用される可能性があります。

すなわち、反スパイ法第10条は、「外国の機関、組織、個人が実施しもしくは他人に指示、資金提供して実施する、又は国内の機関、組織、個人が外国の機関、組織、個人と結託して実施する中国の国家安全に危害を及ぼすスパイ行為は、全て法律により責任追及されなければならない」と定めており、外国にある機関や人がした行為についても、法的責任が課される可能性があります。

そのため、必要に応じて、日系中国企業の従業員のみならず、日本親会社を含む外国のグループ企業の従業員及び管理者に対しても、反スパイ法にかかる研修の対象者とすることが考えられます。

なお、中国国外で個人がした行為について、上記のとおり、中国への入国が許可されないという措置を受ける可能性があり、また、中国入国後に処罰される可能性もあります。

(4) 企業活動、中国企業への輸出取引に伴う留意点

これまで述べたとおり、「スパイ行為」であるとみなされる具体的な行為は不透明な部分が多く、中国国内外を問わず反スパイ法の適用を受ける可能性があります。

特に、中国の通信、情報、交通、エネルギー、金融、航空、宇宙、軍事などの重要なインフラを扱うような企業との取引には十分な注意が必要です。

また、日本企業による中国への輸出に関して、外為法関連法令に基づく規制の対象となる貨物、技術の輸出を行う場合には、安全保障貿易管理(輸出管理)の制度上、取引審査において輸出する貨物や技術の用途と需要者等について確認する必要があるところ(日本国の「外国為替及び外国貿易法」第55条の10第1項、「輸出者等遵守基準を定める省令」第1条)、日本企業がこれらの情報を調査、入手しようとする行為自体が「スパイ行為」に該当する危険性があります。そのため、日本企業が需要者(中国企業)に対して情報提供に呼び掛ける際には、反スパイ法上、保護される情報が含まれていないことを明示してもらうなどの予防策が考えられるところです。


[1] https://www.gov.cn/yaowen/2023-04/27/content_5753385.htm

[2] 中国、「スパイ行為」の摘発強化 24日から改正法審議,日本経済新聞,2023年4月23日

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2145X0R20C23A4000000/

[3] 中国「反スパイ法違反」 アステラス社員拘束で,日本経済新聞,2023年3月28日,朝刊

https://www.nikkei.com/nkd/industry/article/?DisplayType=1&n_m_code=024&ng=DGKKZO69643000X20C23A3EA1000

[4] 中国国家秘密法第2条、第9条、第10条など参照。

[5] 全国人民代表大会常務委員会法制工作委員会刑法室≪中华人民共和国反间谍法≫释意及适用指南

[6] 图解:习近平首提“总体国家安全观”(中国共産党新聞網 2014 年 4 月 16 日)

http://cpc.people.com.cn/n/2014/0416/c164113-24903261.html

[7] 「反スパイ安全防止重点組織」については、反スパイ安全防止業務規定(原文:反间谍安全防范工作规定)第9条も参照。これによれば、国家安全機関が諸要素を考慮した上、関連部門と連携して重点組織名簿を作成し、これを定期的に調整しながら、書面の形式で重点組織に告知すると定められている。ただし、同規定上、この名簿が一般に公開されるか否かは、明確ではない。

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