執筆者:弁護士 山腰健一
1.はじめに
福岡県産イチゴの有名ブランド「あまおう」。これまで「あまおう」の品種は、種苗法上の育成者権によって保護されてきましたが、その権利が2025年1月に切れます。
報道記事[1]によれば、このような事態に備え、福岡県(以下「県」)は、JA全農ふくれん(以下「JAふくれん」)と連携して、
●誓約書による県外への持ち出し防止
●商標権の活用
といった方法で対処していくようです。
以下、この記事についてコメントさせていただきます。
2.育成者権による保護とその終了による影響
本題に入る前に、これまで「あまおう」を保護してきた種苗法上の育成者権について簡単に触れておきます。
種苗法とは、植物の新品種を育成した者に対して知的財産権(育成者権)を付与する制度(品種登録制度)について定めた法律であり、新品種の育成者は、農林水産大臣に品種登録を出願し、登録を受けることで、一定期間[2]、その登録品種を独占的に利用(種苗・収穫物・加工品の生産・販売・輸出入等)することができる権利(育成者権)を得ることができます(なお、育成者権者に無断で登録品種を利用した場合には、育成者権侵害として、損害賠償義務などの民事上の責任を負うほか、刑事責任にも問われる可能性があります[3]。)。
「あまおう」もこの種苗法上の品種登録を受けており(なお、「あまおう」という名称は、県やJAふくれんがその品種を流通させる際に使用している商標であり、品種自体は、「福岡S6号」という名称で品種登録を受けています。)、県が育成者権を保有することで、県外での栽培や苗の持ち出しをコントロールしてきました。
しかし、育成者権の存続期間が満了すると、法律上は誰でもその品種を栽培・販売できるようになり、「あまおう」の苗や果実の栽培や販売を、育成者権によって排他的に制限することはできなくなってしまいます。
3.誓約書による持ち出し防止
そこで、県やJAふくれんとしては、「生産は県内でのみ行う」などとする誓約書を提出した生産者に限って、「あまおう」の苗を販売することで、県外への持ち出しを防ぐ方針のようです。
この「誓約書」は、一種の契約として法的拘束力を持ちますので、誓約書を差し入れてもらうことで、苗の販売先である生産者に対して、「県外に持ち出さない」「誓約書で定めた目的以外の利用をしない」などといった義務を負わせることができます。そして、もしその生産者がこれに違反した場合には、民事上の損害賠償請求等ができますので、誓約書を提出した生産者との関係では、一定の抑止力を働かせることもできそうです。
ただ、誓約書による契約当事者ではないその先の第三者との関係では、誓約書の効力は及びませんので、第三者の行為を制限することはできません(ここは、絶対的な効力を持つ育成者権とは決定的に異なるところです。)。そして、苗は植物ですので、一度県外に流出してしまった場合には、流出先の第三者によりどんどん増殖・拡散される可能性はどうしても否定できません。
4.商標権の活用
そのため、今後、「あまおう」の品種(「福岡S6号」)が県外でも生産される可能性はやはり覚悟しておく必要がありますが、そこで重要になってくるのが商標権です。
記事でも触れられているとおり、「あまおう」という名称は商標登録されていますので[4]、商標権者であるJA全農(JA全農ふくれんの上位組織)から正当なライセンスを得ていない者は、「あまおう」と同一品種のイチゴであっても、「あまおう」という名称で生産・販売することはできません。
そのため、今後もJA全農が、県外産の同一品種について「あまおう」という名称を使用させないということであれば、同一品種であっても、福岡県産は引き続き「あまおう」、県外産は別の名前といった形で区別されることになります。
ここで、「あまおう」との名称には、これまでの約20年において、その品質に大きな信用が蓄積しており、知名度も抜群ですので、同一品種であったとしても、別の名称で販売されるイチゴと比べて、ブランド力の面において大きな差があるといってよいでしょう。今後ある程度価格面での競争にさらされる可能性はありますが、多少の価格差では負けないほどのブランド力が付着していると思われます。
そして、そのブランド力を維持・強化していくためには、法的に、「あまおう」の商標権侵害に対して引き続き厳格に対処していくことはもちろん、県内の生産者が協力して品質や信頼を維持・向上していくこと、さらには、消費者に「(福岡県産の本物の)あまおう」を選んでもらうための広報やマーケティング活動が重要になってくると思われます。
5.最後に
私たちも福岡に拠点を有する法律事務所として、「あまおう」が長年培ってきた高いブランド力と品質を引き続き守り、さらなる発展を遂げていくことを心より願っております。
[1] 福岡NEWS WEB「『あまおう』1月に権利切れ 誓約書提出で県外持ち出し防止へ」(2024年12月20日付け。https://www3.nhk.or.jp/fukuoka-news/20241220/5010026598.html)
[2] 育成者権の存続期間は、現行法では登録日から25年(果樹等の木本は30年)ですが、2005年6月法改正前の登録品種は登録日から20年(木本は25年)であり、2005年1月19日に登録された「あまおう」に適用される存続期間は20年です。
[3] 最近でも、「あまおう」と同様、イチゴの登録品種である「桃薫」の苗を許可なくフリマサイトで販売したとして、逮捕者2名を含む12名を摘発したとのニュースが出ていました。47NEWS「イチゴの苗、無許可販売疑い フリマサイトで、12人摘発」(2024年12月3日付け。)
[4] 正確には、第31類「果実」「苗」等の分野では、「あまおう\甘王」(平仮名と漢字の二段併記。商標登録第4615573号)や「博多あまおう」(商標登録5042710号)の形で登録されています(なお、他の区分でも「あまおう\甘王」の形で複数登録があります。)。
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