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コラム

COLUMN

インドにおけるスタートアップの現状と、スタートアップエコシステム

スタートアップ

2024.07.11

執筆者:弁護士・弁理士 田中雅敏

1.現在のインドのスタートアップエコシステム

 インドのスタートアップエコシステムは成長と進化を続けており、主要都市がイノベーションと起業精神の育成に重要な役割を果たしています。2024年現在、インドはアメリカと中国に次ぐ世界第3位のスタートアップハブとしての地位を確立しています。登録されているスタートアップは10万社以上、評価額10億ドルを超えるユニコーン企業も150社以上存在し、成長とイノベーションを求めるグローバルな投資家や企業にとって、インドは主要な目的地となっています。

2.成長を牽引する主要な産業分野

(1) フィンテック
 インドでは、デジタル経済が進んでおり、フィンテックスタートアップが注目を浴びています。デジタル決済、ピアツーピアレンディング、保険技術等についてのイノベーションが、金融サービス界の再編と変革をもたらしていると言えます。PhonePeやCREDのような企業が市場シェアの多くを握っており、一方で、新興スタートアップは、地方に金融サービスを提供することで、独自性と成長を遂げています。

(2) EコマースとD2C
 近年は、小売業の急速なデジタル化により、EコマースとDCブランドが急成長しています。ソーシャルコマースやクイックコマースモデルが人気を集めており、MeeshoやZeptoなどが、その中心として、大きく成長しています。

(3) 教育テック
 教育技術分野は、世界的に進むオンライン学習へのシフトをさらに先取りしており、インドのこうした教育に関するIT化、デジタル化に関連する産業については、前例のない成長を遂げています。こうした企業は、IT技術を用いたアップスキリングやパーソナライズド学習において、革新的なモデルを次々に生み出し、成長を加速しています。

(4) ヘルステック
 ウェブ等を用いた沿革での薬品の処方AIを用いた診断など、ヘルスマネジメントに関するプラットフォームが、インドでの医療提供を革新的に変革しています。特にメンタルヘルス系のスタートアップが成長しており、これまでサービスが行き届いていなかった市場が、急速に拡大しています。

(5) クリーンエネルギーと持続可能性
 世界的な気候変動への関心の高まりとともに、インドにおいても、再生可能エネルギー、電気自動車、持続可能技術のスタートアップが人気を集めています。政府のクリーンエネルギー推進政策は、グリーンスタートアップにとって追い風となっており、これらのスタートアップも増加しています。

(6) ディープテック
 インドでも、人工知能、機械学習、ブロックチェーン技術が、あらゆる産業分野で採用されつつあり、企業向けソリューションや業界特化型アプリケーションに焦点を当てたスタートアップが増えています。

3.主要なスタートアップハブ

 インドのスタートアップエコシステムは、多様で広範囲にわたっていますが、なかでもいくつかの都市が主要なイノベーションハブとして台頭しており、それぞれが独自の強みと重点分野を持っています。

(1) バンガロール ~インドのシリコンバレー~
 「インドのシリコンバレー」とも呼ばれるバンガロールは、インドのスタートアップの中心的地位を維持しています。実際にも、インドのスタートアップの30%以上が集中しており、また、ベンチャーキャピタルの資金も最も多く集まっています。
 テックタレントやIT企業が多く集まり、特にディープテック分野での専門知識や人材が豊富で、AI、機械学習、ソフトウェア・アズ・ア・サービス(SaaS)などに関連するスタートアップには、最適な場所といえます。

(2) ムンバイ ~金融ハブ~
 元々インドの金融首都であったムンバイは、近年のスタートアップに関しても、フィンテック、Eコマース、メディアなどの分野で、大きな存在感を持っています。これらの分野に関する、数々の活気あるスタートアップが集積しています。
 主要な金融機関も集積しておりこれらとの協業も行いやすく、一方で大規模な消費者基盤を持つムンバイは、こうした革新的なスタートアップと協力を望む金融サービス企業にとっても魅力的な場所であり、今後も、金融に関連するスタートアップが成長する環境が整っています。

(3) デリー-NCR ~多様なエコシステム~
 デリー首都圏(NCR)は、Eコマース、物流、消費者技術に強い多様なスタートアップが集積し、そのエコシステムを提供しています。戦略的な立地と、スタートアップを重視する強力な政府とその機関が存在することから、特に規制の観点に関するビジネスにとって、魅力的な場所と言えます。

(4) ハイデラバード ~新興のスタートアップ集積地~
 ハイデラバードは、特にヘルステックと教育系スタートアップの分野で急速に新興スタートアップハブとして台頭しています。最先端のインフラと政府のサポートにより、国際的なコラボレーションに適した場所となっています。インド最大級のスタートアップインキュベーター「T-Hub」もこの都市にあります。

(5) プネ ~教育と自動車技術の中心地~
 プネは教育の中心地としての評価が高い都市です。また、自動車技術やインターネット接続デバイスのスタートアップに焦点を当てており、これらの分野の発展が見込まれています。

(6)チェンナイ ~SaaSの中心地~
 チェンナイはSaaS分野で独自の地位を築いています。自動車産業や製造業など、特定の業界に焦点を当てた成長中のスタートアップエコシステムがあり、こうした分野での今後の発展が期待されています。

4.サポートシステム

 各主要都市には独自のスタートアップ政策と支援プログラムがあります。例えばバンガロールの「カルナータカ・スタートアップ・セル」、ムンバイとプネの「マハラシュトラ州イノベーション・ソサエティ」、タミル・ナードゥ州の「スタートアップTN」などがあり、資金調達、メンタリング、ネットワーキングなどの機会を提供しています。

 全国レベルでは、「スタートアップインディア」や「アタル・イノベーション・ミッション」などのイニシアティブが、各種セクターのスタートアップや起業家に対して重要な支援を提供し、資金、メンタリング、税制優遇、特許承認の迅速化、コンプライアンスの簡素化などの多くの利益を提供しています。インドには現在、500以上のインキュベーターやアクセラレーターが存在し、例えば「T-Hub」や「Nasscom 10,000 Startups」などが初期段階のスタートアップに必要な支援とネットワーキングの機会を提供しています。
 また、多くの大手インド企業や多国籍企業が新興スタートアップを支援するプログラムを設けています。例えば、リライアンスの「Jio GenNext Hub」、マヒンドラの「Spark the Rise」、グーグルやマイクロソフトなどのグローバルテック企業のスタートアップアクセラレーターがインドにあります。これらのプログラムはスタートアップに貴重な技術的ノウハウを提供し、様々なリソースへのアクセス機会を提供し、また、顧客や市場へマーケティングを助け、さらに、戦略的投資や買収の機会を提供しています。

5.新たなトレンド

 インドのスタートアップエコシステムの今後として、以下のようなトレンドが見られます。

  1. 持続可能性への関心が高まり、気候技術やエコフレンドリーな社会課題解決型の投資が増加しています。
  2. 「Bharat-focused(インドにフォーカスした)」スタートアップへの関心が高まっており、インドのティア2、ティア3、ティア4都市を対象に、農業、医療、教育などの分野での、それぞれの都市の持つ独自のニーズや課題に対応したり、各地方言語への対応や、オンラインオフラインのハイブリッドモデルの使用などの動きが見られるようになっています。
  3. ディープテックの採用が増加しており、AI、機械学習、ブロックチェーンがさまざまな産業分野で活用されています。
  4. 政府技術が重要な分野となり、スタートアップが公的機関と協力してガバナンスや公共サービスのデジタルトランスフォーメーションを推進しています。
  5. 宇宙技術分野で、衛星技術や宇宙探査における民間企業の台頭が見られ、インドのグローバルな宇宙競争への参入が進んでいます。

 これらのトレンドは、インドにおけるスタートアップエコシステムの成熟度の向上や、グローバルなイノベーションと地域のニーズへの適応が進んできていることの現れであると言えます。

6.国際的な協力

 インドのスタートアップエコシステムはますますグローバル化しており、多くのインドのスタートアップが国際的に展開し、また、外国企業がインドのスタートアップと提携または投資するといった活動が、活発になってきています。
 顕著な例として、2018年に開始された「インド日本スタートアップハブ」があります。これは、日印イノベーションパートナーシップの一環として、インドと日本のスタートアップ間の共同イノベーションを促進し、投資機会を提供し、スタートアップと投資家やメンターをつなぐイベントを開催するなどしています。
 同様の協力関係は多くの他国とも存在しており、例えばインド-米国スタートアップコリドー、インド-UAEスタートアップコリドー、インド-韓国スタートアップハブ、インド-シンガポール起業家ブリッジなどがあります。これらのパートナーシップは、インドのスタートアップにグローバル市場や資金へのアクセスを提供し、インドのエコシステムに貴重な専門知識と技術移転をもたらしています。

7.インドスタートアップについてのまとめ

 2024年のインドのスタートアップエコシステムは活気に満ち、可能性にあふれています。資金調達の不確実性や規制面の課題といった問題点もありますが、一方で、スタートアップにとっての成長の機会は極めて大きいと言えます。
 巨大な国内市場、スタートアップの支援を促進する政府政策、インドのスタートアップのグローバル化などにより、インドのスタートアップ環境についての今後の展開は、大いに期待できるところです。外国のスタートアップ関係者にとっても、インドはイノベーションと成長の可能性を兼ね備えた、可能性に満ちた場所と言えます。今後数年間でさらなる統合や、地域のニーズに応えつつグローバルに拡大する革新的なソリューションが見られるでしょう。インドのスタートアップに関する環境は、ダイナミックでエキサイティングなものとなっており、挑戦をするスタートアップにとっては、多くの機会と成長の可能性を秘めているとも言えます。
 今後、インドのスタートアップエコシステムが進化するにつれ、インドの経済の将来の成長をけん引することになるとともに、技術とイノベーションを通じて、インド発のスタートアップが世界的な課題の解決にも貢献するものと考えられます。

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