コラム

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「ルブタン」事件と「ドクターマーチン」事件に見る不正競争防止法

知的財産

2023.09.21

執筆者:弁護士 吉田幸祐

1 近時出た二つの結論の異なる判断

 イタリアの高級ファッションブランドとして知られる「クリスチャン ルブタン」(以下、「ルブタン」といいます。)を象徴する赤い靴底の女性用ハイヒール(図1参照)。「Dr.Martens」又は「ドクターマーチン」のブランド名を用いて、ブーツ等を販売する英国メーカー(以下、「ドクターマーチン」といいます。)のブランドを象徴する黄色の糸により形成されるウェルトステッチが特徴的なブーツ(図2参照)。いずれの靴も、非常に有名なブランド靴ですが、近時、これらの類似品(図3、4参照)を販売等する業者に対して、両ブランドが不正競争防止法(以下、「不競法」といいます。)に基づく販売差止め等を求めた裁判の対照的な結果が出たことで、注目が集まっています。
 以下では、これらの事件のポイントについて解説していきます。

2 関連する法令の概要

 両社はいずれも、不競法2条1項1号(周知表示の保護、以下、「1号」と略記します。)(ルブタン事件では、同項2号(著名表示の保護、以下、「2号」と略記します。)についても主張しています。)による保護を求めて訴訟を提起しました。
 結果として、ルブタン事件では最終的にルブタン側の主張が認められなかった一方で、ドクターマーチン事件ではドクターマーチンの主張が認められるという真逆の結果となり、司法の判断が分かれました。
 なお、1号の要件は以下のとおりです。

 ア 保護の対象が「商品等表示」に該当すること
 イ 商品等表示が需要者の間で広く認識されていること
 ウ 相手方が同一または類似の商品等表示を使用していること
 エ 他人の商品・営業との混同を生じさせるおそれがあること

3 ルブタン事件の概要

(1) 地裁判決の概要(東京地判R4.3.11)

 地裁判決では、要件アについて以下のような判断が示されました。
 本件で問題となっているのは商品の形態(色彩を含む)であることから、商標等とは異なり、本来的には商品の出所表示機能を有するものではないとの理解が示されました。
 その上で、不競法の趣旨に鑑みると、商品の形態に関しては、その形態が商標等と同程度に不競法による保護に値する出所表示機能を発揮するような特段の事情がない限り、「商品等表示」には該当せず、①客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴(特別顕著性)を有し、かつ、②特定の事業者によって長期間にわたり独占的に利用され、又は短期間であっても極めて強力な宣伝広告がされるなど、その形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知であると認められる特段の事情がない限り、要件アを満たさないとの判断を示しました。
 そして、上記の基準に照らすと、ルブタンの赤い靴底は、一般的なデザインであり、また極めて強力な宣伝広告が行われているともいえないことから、そもそも「商品等表示」に該当しない(要件アを満たさない)と判断しました。

(2) 高裁判決の概要(東京知財高判R4.12.26)

 他方で、控訴審は、1号について、ルブタン商品であると誤認混同するおそれ(要件エ)がないため、「商品等表示」に該当するか否か(要件ア)について判断するまでもないとして一審判決を支持しました。
 具体的には、要件エを検討し、価格帯が大きく異なり、市場種別が異なることや、女性用ハイヒールの需要者の多くは、実店舗で靴を手に取り、試着の上で購入しており、商品ブランドを示すプレート等が置かれていることが多いこと等の理由に基づいて需要者の誤認混同のおそれは生じないと判断しました。
 なお、2号についても、ルブタンが女性用ハイヒールの靴底に赤色を付した商品形態を独占的に使用してきたものとはいえないことや、ルブタン側が提出したアンケート調査における認知度が51.6%程度に留まっていたことに基づき、著名とまでは言えないと判示して該当性を否定しました。

4 ドクターマーチン事件の概要

 ドクターマーチン事件においても、ルブタン事件と同様、商品の形態が「商品等表示」に該当すると言えるためには、上記①特別顕著性、②周知性の各要件が必要であるとの前提に立ちながら、ドクターマーチンの黄色のウェルトステッチについては、ルブタン事件においてその充足を否定された1号のア及びエの要件を含むすべての要件が充足するとして、不競法に基づく差止めが認められました。 では、なぜ上記のように判断が分かれたのでしょうか。

5 判断が分かれたポイント

 その理由は様々考えられるところですが、ア、エのそれぞれの要件について判断が分かれた理由としては、以下のようなものが考えられます。

(1) 要件アについて

 要件アの判断を分けたのは、原告が指定した「商品等表示」の範囲の大きさが考えられます。
 すなわち、ルブタン事件では、ルブタン側は、「女性用ハイヒールの靴底部分にルブタンの主張する赤色が付されている」といった特定にとどまったために、広範な商品形態を含み得るような商品等表示となってしまっていました。ルブタン事件の一審判決においても、「そもそも原告表示は、広範かつ多数の商品形態を含み得るものであって、上記の形態の相違にかかわらず、手頃な価格帯の赤色ゴム底のハイヒールについてまで原告らの商品等表示に該当するとすれば、かえって公正な競争を阻害し、社会経済の健全な発展を損なうおそれがある」と判示されています。
 他方で、ドクターマーチン事件においては、黄色のウェルトステッチについて、「靴の外周に沿って、アッパーとウェルトを縫合している糸がウェルトの表面に一つ一つの縫い目が比較的長い形状で露出し、ウェルトステッチが視認できること、また、ウェルトステッチには、明るい黄色の糸が使用されており、黒色のウェルトとのコントラストによって黄色のウェルトステッチが明瞭に視認できる」と対象とする商品等表示をより具体的に特定していました。

(2) 要件エについて

 次に、要件エについては、ルブタン事件についてはルブタンと相手方それぞれの靴の価格帯、販売形態等の違いが大きく、それぞれの需要者が異なっており、誤認混同のおそれが生じにくかったのに対して、ドクターマーチン事件においては、靴の価格帯も大きな差は無く、販売形態も同じで需要者が共通しており、誤認混同のおそれが生じやすかったという違いがありました。

図1(判決別紙より引用)

図2(判決別紙より引用)

図3(判決別紙より引用)

図4(判決別紙より引用)

6 企業が抑えておくべきポイント

 以上を踏まえた上で、類似品を現に販売等されている企業、又は他社の製品と類似した製品をまさに販売等しようとしている企業が気を付けなければならないポイントとしては、次の2点が重要となります。

(1) 問題となる類似点が十分に絞り込まれているか

 まず、問題となる類似点が十分に特定されているかどうかという点です。ルブタン事件のように、単純に「女性用ハイヒールの靴底が赤い」というような広範囲を類似点として指摘するのではなく、ドクターマーチン事件の黄色のウェルトステッチについての対象範囲の特定のように、より具体的に自社製品との類似点が特定されているか(絞り込まれているか)が重要な観点となります。逆に、類似した製品を販売しようという場合には、自社製品と類似品との類似点をより抽象的・一般的なものとすれば、不競法違反と判断されるおそれが低くなるものと考えられます。

(2) 販売されている(販売しようとしている)類似品のターゲット層の共通性

 次に、類似品と自社製品のターゲット層(需要者)が共通しているかどうかという点です。ルブタン事件、ドクターマーチン事件の両裁判例も指摘するように、価格帯が大きく異なっていたり、販売形態・商品形態が大きく異なる等、製品の需要者層が異なるのであれば、自社製品と類似品について誤認混同が生じるとは言えず、不競法違反と判断される可能性は低くなるものと考えられます。

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